189話
「儂らは何を見せられとる? これも物の怪が……しかし……目が離せん」
「これは……もしや、神々の力……こんなもの見せられては……」
民衆のざわめき。中には手を合わせ祈る者まで現れる。ざわめきの中、突如森林奥深くに連れて来られた錯覚に陥る。
「なんじゃここは……ここは山奥……?」
澄んだ空気がそよそよと流れ、辺り一帯が樹齢何百年と言わんばかりの木々が生い茂る。そしてその新緑に包まれた光景にうっすらと輝く真白の蕾がゆるりとほどけるように花を咲かせる。そこから現れしは鎖に繋がれた童子たち。
「あれは物の怪の女と一緒にいた童子たち!」
男児は翡翠の目、新緑の衣、女児は藤色の目に淡藤の衣。それは花枝肆、花根孖の根音と根子。やがて鎖が千切れると根音は世實代の影に寄り添い、根子は世實代に寄り添うが如く舞う。
「世實代殿はこれより、黄泉の国へ……しかしそれは哀しきことなかれ……十四の徳に選ばれし者、その徳『勇』なり。灰塊さま、世實代殿、まこと二代に渡り誉れの極地なり」
根音が宣言し、根子は菊に囁く。
「まこと、立派な親子でございます……何卒、見届けお願い申し上げます」
二人は軽やかに舞う。それは世實代と共にした短き旅の想い出を弾け散らす如く、世實代の心根に根子が『勇』の徳を芽生えさせ、根音が大地に根を張らせる。
しかし、もう一つの漆黒の蕾も花開く。
「なんだこれは……天と地が逆さま?」
「それになんだこの違和感……まことの幽世?」
漆黒の蕾から現れたのは摩訶不思議な色の衣。この世の色でなんと表現してよいものか。そして背を向けたまま違和感だらけの舞。ずれたような気だるく舞う姿に見るもの心を惑わされる。仇花枝肆の反花。型は崩れ異様な舞。まるで沸き立つ未練を煽るが如く。
「未練は人あるべく欲。欲なくして人非ず。さぁ、その欲、欲欲欲欲沸き立て……」
煽られるは人の欲への未練、現の姿。花霊々の舞が人の理想ならば仇花霊々の舞は人の現。
見る者すべてがその舞の前では人の理を見せつけられていく。
舞は終わらない。森林一帯に霧が深くかかる。それはまるで人の迷いのよう。そこから影のみが蠢くのがわかる。輪郭がぼやけた蕾から人型が現れ舞を始める。それは真白か漆黒の蕾か。そしてもう一つの蕾も花開く。しかし、こちらは開くと同時に焔が辺り一面を覆い尽くす。
「我の焔、軟弱な穢らわしき焔の比に非ず。まことの焔の残熱、しかと見届けよ! 真なる焔は人の生きる灯火っっ!」
赤いの目に逆立つ髪。それは反花が煽った欲に焔を巡らせる。どの舞よりも激しく熱を帯びる。仇花枝伍、花焔。焔はやがて炎となる。舞が激しくなれば烈火となり、進めば紅蓮となる。
「まだまだ燃ゆる──」
業火の如く、この世の炎の比に非ずの業火、やがて──
「すべからく舞われし者の焔、それは天地まで焼き尽くす劫火なり……」