188話
「花化従よ急げ……」
面に隠された静の表情は険しい。花化従は吐息を線香花火に吹き掛ける。
ふうっ……
柔らかく届く息に線香花火が灯る。向こうでは花天照が清の掲げる線香花火に火を灯している。お互いの花灯の籠の番人右手が清の線香花火を、仇花灯の籠の番人左手静の線香花火を受け取り、それぞれ右手は己の右手を添え、左手は左手を翳しそれぞれの火を護る。両塔並び立つ姿は圧倒的で笠を目深くかぶり灯籠の如く姿。
「見えぬとも、感じられよ……世實代殿、これが徳を持つ者にのみ赦される花霊々の舞、灰塊殿を仕舞い、そしてこれが世實代殿のために舞う舞──」
世實代の耳に届くは決意の聲。告げる花告。
──いさみの歩み、恐れと共にあれど、散り際こそが誇り──
傍ら、静が告げるは花現身。
──恐れの風よ、幾度吹きて 我が身を惑わせるか。死は遠きものと知れども、心は怯むばかり──
声に反応するかのように花天照は真白の蕾、花化従は漆黒の蕾をそれぞれ五つ開かせる。
「急ぐのだ……花化従、早く仇花枝弐を……花雫を……屋敷の炎を打ち消すことのできる雨を……」
静は急がせる。
ぽつり……ぽつり……ぽつぽつぽつ……
雨が降り始め、強くなる。漆黒の蕾が咲く時、青い瞳と靡く髪。雫の衣。その姿、まさにゆっくりと染み出て、産まれいずる水滴の如く花雫が現れ舞を披露し始める。
「花雫よ、あの童子のために舞え、そしてそなたの雫であの穢れし炎を打ち消せ……我らが舞にあの穢れた炎は無用……」
「御意──」
花雫げ舞うごと雨が強まり、炎を打ち消していく。そして舞は世實代の未練までも洗い出していく。
真白の蕾が咲く時、水鏡の湖面が現れると花枝弐、銀色の目と髪、水鏡の衣がまるで世界ごと映し出す花水鏡が姿を現し、舞い始める。そこにある世實代の迷いを水鏡に映し出し、舞うことで打ち消す。幻想的な舞が見るものすべての心を捉えていく。
瞬く間に火が消えていく。真白の蕾が咲く時、一面が花園に変わる。
「この場に穢れ焦げ煤けた香りは場違い……」
蕾から咲き乱れるように蝶たちが舞い上がりその中から、一際大きな翅。それは、揚羽模様の羽衣を纏った花枝参の花翅が姿を現し、花園に幻想かつ穏やかな風景にさらに彩りを加える蝶の群れ。まるで世實代の未練を吹き飛ばし、導きの道を示す舞い。それは優雅であり儚い。しかし、ほぼ同時に漆黒の蕾が咲くと黒い影がしゅるしゅるりと這い出す。そして世實代の影に纏わりつく。
「世實代に何を……」
菊は世實代を強く抱き締める。黒い影は答える。
「我々はただ仕舞うのみ……感情で動く者ではない。ただ仕舞うのみ」
黒く見えた衣は青く艶やかに光っている。青艶の衣に濡れた髪。それは影に寄り添い未練を纏わせる舞を披露する仇花枝参、花徒影。舞う度に陽に照らされ青く煌めく姿は恐ろしくもあり、美しくもある。