187話
世實代の花紋様が枯れかける。清は目を伏せる。
「世實代……世實代……」
菊はあまりの出来事に声をかけることが精一杯だった。
「根音、根子……舞の準備を……」
清は目を開け、覚悟を決める。
「しかし、ここでは民衆の前で……暴徒化した民の前では……あまりにも……」
根子が止めようとする。
「たわけ! 花仕舞師であるがゆえ、いかなる時も仕舞いを忘れるな……それが花仕舞師であろうが……世實代殿の『勇』を無駄にするな……!」
「世實代殿……今から舞います……このような形で……しかしながらそれが花仕舞師である手前の運命……いざ……花霊々の舞に候、花天照此れに──」
唇を噛み言葉を振り絞り線香花火を掲げる……。突風が吹く。優雅に真白の羽を広げ、天衣無縫の衣を纏った金色の輝きを放つ髪、目を持った花天照が現れる。誰もが花天照の姿に言葉を喪う。
「清殿……やっぱり、仕舞われるのは痛いんじゃのぉ……それに、目が霞んでよぉ、見えんわ……覚悟の清殿の舞、最期の刻、目に焼き付けて逝きたかったわ……」
世實代の身体が崩れ落ちる。菊は世實代を抱えあげる。
「世實代ぉぉ──! 世實代ぉぉ──!」
世實代の背から石造りの地蔵が転げ落ちる。
「母上……それな……父上のわれへ残してくれた最期の詞じゃ……「實を基とし、義を掲げ、勇をもって貫く。これぞ義勇の極みなり」……母上、よき言葉……じゃろ? われはこの詞が……われを強くして……くれた……父上は『義』、われは『勇』……母上は……そうじゃなぁ、『愛』かなぁ……」
言葉が途切れ途切れになる。
「あぁ……よき、詞じゃ……じゃが……今は……黙っとれ……頼むから黙っとれ……世實代……」
「母上……最期の願いじゃ……あの仕舞師が見えるように抱えてくれぬか……」
「わ、わかったから……口を開かれるな……世實代よ」
菊は清が世實代の目に映るように抱える。
「見えるか? わかるか? 世實代……」
「……」
世實代は言葉を発せず、ただ頷いた。
カタン──ズゥ……カタン、コトン、スッ……
カタン──ズゥ……カタン、コトン、スッ……
道中下駄が民衆の後ろから聞こえる。
「どくでありんす……穢れし者たち……恥を知れ! お主らがこの場におるのが穢れでありんす……花仕舞師の舞は無残にして神聖……それを晒してまで舞わせる如き……まことに遺憾なりでありんす」
「仇花霊々の舞に候、花化従よ此れに──」
花化従の背後から、声がかかる。
「御意でありんす……」
背後には線香花火を掲げた漆黒の着物に包まれ、花断の面をつけた静が立っていた。