186話
「何するか! やめれ──!」
世實代は飛び出す。そして民衆の前に立ち塞がり、手を広げる。
「出たな! 穢れの倅……それにほら……あっこに、物の怪のおなごもおる……やっぱり、この屋敷に住む者は祟られとるんじゃ!」
男が叫んだ。
「何を言う! 父上は穢れとらん、誉高き父上じゃ……それに清殿はわれに大切なもんを教えてくれた方! よう見てみい……どこが物の怪じゃ、もし、物の怪、言うならそれはお前らじゃ。力で波寄る如きなお前らじゃ!」
「うるさい……いつものように踞らんのか? いつものように泣き叫ばんのか?」
民衆の中から声がする。
「世實代──!」
顔面蒼白の菊が、屋敷から飛び出し世實代の背に抱きつく。
「何しとる! 早う逃げぇ……」
世實代は首を振る。
「母上、逃げは恥でござる……これは言われなきこと、ならば立ち向かわざらば、浅ましき物の怪の如く、追って参りまする。ならば振り払う術はただ一つ、前を向き立ち向かうのみでござる……それに父上は逃げたのではありませぬ……それがまことの現。ならばわれは、まことここより、逃げる道理がござらん!」
「世實代……なんと……」
菊は言葉を喪う。あまりにも強き言葉に心が震える。
──これが世實代? 何があったのじゃ? この数日、行方をくらましたと思ったら、げに別人じゃ……──
「清さま……いかん、花紋様の痣が妖しゅう光っとります。あれは予兆……」
「わかっとる……しかしながら、あの目は退かせることができぬ」
清はこの場で世實代の花紋様の痣が妖しく光り、瞬時に枯れかけた姿が映る。
「まさか……ここで……これでは世實代殿の心が救われぬ」
清は走り出す。
──だめじゃ、だめじゃ……世實代殿……今は逃げねば……──
民衆は一瞬、おののくが、刃のくすんだ瞳は晴れぬ。
「何をいっちょ前にほえとる? かまわん追い出せ……穢れを追い出せ!」
その掛け声をきっかけに石礫が飛んでくる。
「何をするか……そこまでする必要が……」
清が民衆に向け、怒鳴り声を荒げる。しかし、止まらぬ民衆。狂気が、思わぬ世實代の抗いに行き場を失い、暴れだす。
世實代の身体に礫が当たる。それでも世實代は下がらない。寧ろ笑い菊を守り通す。
ゴォン……ボコッ……
鈍い音が響く。そして……
グサッ──
世實代の頭に重い礫の当たる音がしたかと思うと……何かが肉に突き刺さる音がする。
「世實代殿ぉぉ……」
清が世實代に手を伸ばす。その声に反応するように、世實代が振り返る。
「清殿……やっぱり、怖いのぉ……これを相手にするのは……」
額から大量の血を流し……そして胸には狂気の槍が突き刺さっていた。