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花仕舞師  作者: RISING SUN
第十一章──勇(いさみ)の心、恐れを越えた少年
185/252

185話

 町に戻り、もうじき屋敷が見えてくる。

「早う、母上に報告せねば……父上は最期まで誉高き人じゃったと……けっして回りから罵倒されるべき人じゃなかったと……ただ母上、哀しむじゃろな……」

 重き荷を背負った世實代(よみしろ)が屋敷に戻る際、清らに呟いた。しかし、それは灰音郷に向かう時と比べることもできぬほど精悍であり、母に対し慈しみを宿した目。

「清殿……われ、ほんに怖うて……よう震えてしまうんじゃ。母上を置いて先に逝ってしまうか思うたら、胸がぎゅっとなって、泣きとうなる……。じゃがな、それゆえに、今ここに母上がおってくれはることが、なんとも愛しゅうてたまらんのじゃ。心の底からお孝行ができる……これほど嬉しきことはあらん。命の(つい)を知るは、なんと尊いことか……」

「世實代殿……まこと灰塊殿の倅でございます」

 清が嘘偽りなく応える。

「やめれや、恥ずかしゅうなる」

 世實代は顔を赤らめるが……

か「なんじゃ、あの煙は……それに野次に罵倒の多きこと!これは、屋敷の方じゃ、われの屋敷じゃ……」

 重い荷を背負っておるにもかからわず、走り出す世實代。清たちもあとを追う屋敷に辿り着くとそこには想像絶する光景が広がっていた。


 真昼の陽が容赦なく白壁を照らし、屋根瓦の上で光が揺れていた。門はすでに外され、庭には踏み荒らされた草木が無惨に横たわる。「おるのであろう! 穢れし一族よ、今こそ姿を見せよ!」

 先頭の男が槍を突き上げ、声を張り上げる。その声に呼応するように、後ろの者たちも次々と石を投げ入れた。

 (きく)は奥の間にうずくまり、肩を震わせている。

額には脂汗が滲み、かすかに口を動かしては呟く。

「……なにゆえに……なにゆえに……ここまで……」

 震え声は障子を越えることなく、畳に吸い込まれていった。

「黙れ! 親子共に闇を招く元凶よ! ここに籠もるならば、この屋敷ごと討ち払うまでよ!」

 再び槍が戸を打ち、響いた衝撃に菊は顔を伏せて叫んだ。

「やめてくだされ……どうか……どうか……」

 声は破れ、言葉の形を保たぬほど弱々しい。

 それでも民衆は止まらない。昼の空はあまりに澄み渡り、屋敷を囲む怒声と光とが、恐怖と狂気をないまぜにする。

「出でよ! 町の穢れを、その身ごと白日の下に曝せ!」

松明の火が投げ込まれ、庭の植木に火花が散った。

 しかし、屋敷はまだ崩れきらない。母は誰もいない奥を見つめ、ただ無力に両手を差し出している。

「あぁ……慈悲を、お慈悲を……」

 だが人々は信じようとしない。民衆の息は荒く、瞳は血走り、松明を振る手にはためらいがない。男の声が、憎しみと恐怖が絡み合った濁音となり、次の瞬間、松明が投げ込まれた。炎が畳の縁を走り、すすけた柱が赤く照らし出さした。

 昼の光は残酷なまでに静かで、障子の隙間から滑り込むたび、菊の顔を真っ白に照らした。その表情は、もはや声にもならぬ祈りの形をしていた。

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