184話
「なぁ、清殿、やっぱり仕舞われる時は痛いんかのぉ?」
帰り際の道中、世實代は清に聞いた。霧はかかったままだが、世實代の心は晴れていた。もう、あの『怯』の心の物の怪の声は聞こえない。
「わかりませぬ……しかしながら、花仕舞師として仕舞う際の痛みはここに残り続けまする」
清は世實代の手を掴み、己の胸にあてさせる。
「なっ……!」
世實代は顔を真っ赤にする。
「何をする……おなごが淫らに胸に触らせるなど、言語道断でござる」
世實代は心を昂らせながら背を向ける。
「す、すまぬ、決してそのような意味では……」
清自身、目を丸く見開き、慌てて頭を下げる。
「こら、世實代……無闇に清さまに触るでない!」
根音が声を荒げる。
「そのような、あれは清殿が……」
世實代は何度も手を振り、弁明する。
「ほんと、ガキの集まり……」
根子がぼそりと呟く。
「これ、根音、根子……先ほどは私が軽薄な行動をしたまで。世實代殿を責めるでない」
清は温かみを感じながら心の内は世實代のことを考えていた。
──直、花紋様が枯れる。その時、心に痛みがまた重なる……しかし、花仕舞師であるかぎり、その運命には抗えぬ──
「清殿……しかし、願わくは母の前で仕舞われたいのぉ……。母が知れず仕舞われるのは忍びない……」
世實代は願いを乞う。
「そればかりはわかりませぬ。なんせ……花紋様の痣はいつその刻を告げるか、いくら花仕舞師でもわかりませぬゆえ……」
「そうか……それはすまんかった。清殿……」
ゆっくり、頭を垂れる世實代。ただ、それは母を思うがゆえで悪気はなかった。
「ただ……万が一その花紋様の進行を緩めることができるのであれば……」
清は自らの花飾りを結った髪から抜き取り、世實代に握らせる。
「どれほどの効果を果たせるかわかりませぬが、この時留の花飾り少しでも世實代殿の願いが叶うのであれば……」
世實代は頬を赤くしたまま花飾りを握りしめた。
根音は根子に耳打ちした。
「ありゃ、世實代……清さまに惚れとるぞ……絶対! あの感じ清さまが初想ひ人じゃの……」
根音が笑うと、根子は思い切り根音の足を踏んづけた。
「この粗忽にして、雅致を欠くは嘆かわし! このガキ!」
「痛っ! 何するか! この跳ねっ返り!」
足を抱え飛び跳ねる根音。
「いかがされた、根音?」
清は二人のやり取りが聞き取れずはしゃぐ根音に不思議な顔をした。
「なんでもありませぬ……清さま……」
痛みを堪える根音。
旅路から戻る一行のやりとり。それはこれから訪れる仕舞いまでのほんのわずかな、癒される一刻だった。