183話
「ここが父上が暮らした場所……」
そこはじめじめとしており、陰惨としている。
「こんな場所で何ゆえに……」
世實代は口数を減らしていく。狭き石造りの小屋には作業用であろう荒れた畳が二畳分ほど引かれていた。石を削ったである石礫が散乱し、転がっている。どのような想いで削られたのか、世實代は礫を拾い上げ眺める。
「まるで何かを削ぎとるような跡じゃ」
世實代は呟く。転がっていた石を削ったであろう石鑿の柄は血に染まり黒くなり金槌で叩く冠は歪んでいる。何度も硬い石にあてたであろう切っ先は所々欠けている。そこに残された道具は紛れもなく灰塊の執念が宿る。
そしてそこに並ぶは何体もの石地蔵。大小様々、不格好なものもあれば事細かく繊細に筋彫りされたものもある。
誰来ることもなく、祈りさえ捧げられることなく、沈黙し列を成す石地蔵。
「いかがか? ここで灰塊殿を仕舞いました」
清が示した場所には、小さき石地蔵がぽつりと佇んでいる。世實代は手を合わせ祈る。
「ここに来ても何も感じぬ……無意味だったのか……」
石地蔵を撫でながら呟いた。すると地蔵の背中に何か彫ったあとがある。
「これは……」
世實代は指先で彫ったあとを探るように動かす。
「何か文字が刻まれている……これは……」
指先を集中させる世實代。
か「實……を……基……とし、義……を……掲……げ、勇……をもって……貫……く。これぞ……義勇……の……極……みなり……」
「それは……舞い中、最期に灰塊殿が刻まれた詞……」
清が呟く。この詞の意味を悟り、世實代は静かに涙する。やがてそれは身体中を巡り、血となり肉と成るが如く、熱く滾らせ、決壊し大粒の涙を流し、この時ばかりは年頃の童子のように大声で泣き腫らした。
「この『實』はわれのこと……父上は常々、われに語りかけておった。「世實代の「實」は嘘偽りなき、飾らない言葉ぞっ。人と世の縁を大切にし、實の真実を胸に抱きながら、未来の代へ想いを繋げる人になれ」と……」
世實代の涙は止まらず、しかし、父を信じたことが、決して間違いではなかったと拳を握りしめた。
「「實を基とし、義を掲げ、勇をもって貫く。これぞ義勇の極みなり」これこそ、わが父上から授かりし詞。われに残して頂きし、誉高き詞……」
世實代の花紋様の痣が神々しく輝く。
「これこそ……世實代殿の徳『勇』が成熟した証……灰塊殿、まことお二人の徳、『義勇』見事なり」
清は薄暗くかび臭さの残る石造りの小屋で光輝く痣を見て呟いた。