181話
──なぜに……お主、苦しむ道を選ぶか……その苦しみに抗えるのか……──
「われ灰塊の息子……茨の道……歩むがわが誇りなり……」
清は目を閉じる。一刻の沈黙──。
目を開けるとその切っ先は止まっている。
「清殿……」
世實代は清を見つめている。
「どうされた……世實代殿……?」
清は懐剣を持つ世實代の震えが止まっていることに気付く。
「今、われの中で囁く、薄気味悪く白い手で招く者をこの切っ先で貫きました……それがし……父上が清殿に託した『義』、信じとうなりました。だからこそ……われの心の中に蠢く『怯』の物の怪を成敗し、貫いたでござる……清殿……われ、父上の仕舞われた最期の場所に行きとうございます。あの霧深く包まれた石造りの小屋へ……」
「灰音郷でござるか……?」
「そうでござる……その場に立てばわれ、深く父上の御覚悟知ることができると確信いたしまする……」
世實代の目は確固たる『勇』芽生えし、光が宿っていた。
「覚悟をお持ちか……?」
清は問う。
「愚問でござる……覚悟なき者に茨の道は進めませぬ……」
それは十そこらの数えを迎えた童子には見えぬ輝き。
「ならば参られますか? そこに……一歩間違えば命、容易に呑み込む処、灰音郷に……」
「承知──」
揺れぬ世實代。向かうは霧深く岩壁そり立つ場。名の由来がついた音の響きは主を喪い、今は聞こえぬが、その険しさは今、尚変わらず。
清は再び、灰音郷を目指すことになった。
──筆を重ねし数、十四に及ぶ。道を紡ぎ、十四の心を以て綴るとき、そこに徳、芽生えなん──
静は花匣を花神威ノ命授かった際の言葉を思い出していた。
「今、重ねた筆は十。残り四っつ……『徳』を形成するには残り四画の心。それをあのような形で筆を進めるか……」
静は笑う。
「我が妹は無茶が過ぎるのう……この胸の疼きによう伝わる」
「静さま……ほんに、気苦労お察ししますでありんす」
花化従は憐れみ。
「憐れみなど無用……向かうぞ……その一点の筆を確かめるために、そして本懐へ進むため……喜ばしいことぞ……この刻を止めることなく進める、我ができ損ないの妹を仕舞うがために……いざ、灰音郷へ」
「御意でありんす」
静の進む道を背で追う花化従。
──この強さはどこから来るでありんすか? 自らの過去の過ちに、けりをつけるためでありんすか? それとも……あの愚妹を……──
花化従は首を振り、その思いを振り切る。
──わちきは静さまに従うのみ……あとどれくらい静さまに寄り添えるかわからぬが……しかし、この道の行く末……誰が救われるでありんすか……──