180話
「何を言われる?」
驚く世實代。清は跪き、自らの襟元をぐっと開く。
「何をなさる……清さま!」
根音は清の突然の行動に驚き手を伸ばす。
「手出し無用と言うたろが!」
清は語尾を強め根音を制する。根子が根音の肩を抱き締める。
「あれは……止まらぬ。あの清さまの心持ちはうちらには止められん……知っておろう。あれは常起きる心、奔るものでなく己の意志。ならば……うちら見届けるのみ……わかったか……ガキが……」
肩を押さえる指先から震えが止まらない根子。
「わ、わかっちょるが……この跳ねっ返りが! しかし、それではお目付け役の役目果たせず……」
根音の言葉も震える。
「こうなれば清さまを信ずるのみ……」
二人は震えあがりながら清を見守る。
清は懐から懐剣を取り出す。
──これは使う必要なかろう……──
根子は思い出す。いざという時に花天照が授けた懐剣。受けとる際、清は笑いながら受け取っていた。根音と根子は黙ってその光景を見ていた。
「なぜ懐剣を……」
スシュ──
根子が呟こうとした時、柔く布を切り裂く音。それは清の胸に巻かれたさらし布を切り裂く音だった。清の胸の傷痕が晒け出される。あの心の臓に続く生々しい傷痕。
「なんじゃそれは……そんなもの……」
世實代は驚きというより恐怖を感じ動けず。その世實代に懐剣を渡す。
「さあ、父、灰塊殿な仇、ならばこの胸の傷痕を貫けばよい……そなたが灰塊殿の言葉と手前を信じぬのならば迷わず貫け……手前は一切、世實代殿を恨まず。さぁ……」
懐剣が握られた世實代の手を取り、その傷痕に切っ先をあてがわせる。
「さあ、貫け──灰塊殿の仇ぞっ」
「やめろ……われは……」
「躊躇うことはなかろう……手前は花仕舞師……世實代殿が言うか「殺め」と紙一重の線上に立つ者。見方次第では救う者でもあり、殺める者ともなる……この覚悟を持ってこその花仕舞師……」
清は笑う。しかし、それは死の衝動から来るものではない。仕舞師の覚悟から来る微笑。
「なぜ……父上は……父上は……」
「世實代殿は灰塊殿と似ておられる……」
「父上と……?」
世實代は震えが止まらない。それは清の傷痕に切っ先を突きつけているから来る震えではない。
「灰塊殿も『義』に思い悩まれ心を痛められていた。そして今……世實代殿は『勇』に思い悩まれている。ならばこの切っ先はそれを絶ち切るためのもの……さあ……」
今一度、世實代の手を握り力を入れる。
「そして、世實代殿の左手に花紋様の痣が浮き出ております。これは世實代殿を仕舞わねばならぬことを意味します……これこそがまことの非常なる現……世實代殿に咎はなき……すべては運命……」
「うわわぁぁぁ……」
世實代は懐剣に力を入れ、突き刺した。