179話
「これは……父上の声……それに……」
世實代の目には自然と涙が溢れてくる。心に響くは灰塊の声。
「今、世實代殿に届けたるは灰塊殿の最期の刻……まことの現」
「……清殿、そなた……父上に何をした? 何をしたんだ!」
そこに映るは霧が深くかかる薄暗い石造りの小屋の部屋。灰塊が清に『義』の心を託し消滅していく姿。
「手前は花仕舞師、舞いにより花紋様の痣が浮かぶ者をその徳を持って仕舞うが役目。灰塊殿は痣が浮かびし徳を積まれたお方。それゆえ、舞いにより仕舞わせて頂きました。これがまことなり……」
「何が仕舞わせて……つまり、父上を殺したのか? やはり民衆が言うようにお前は物の怪……父上を誑かし、父上を殺したのだ!」
「違います……よう、灰塊さまの声をお聞きください」
根子が間に入る。
「黙っとれ! この声だってまやかし物に違いない。誑かそうとするな!」
世實代の怒りの目が清に向けられる。しかも哀しみをも含み怒りと哀しみが届けた花文に靄をかける。
「げに非常なる現と申したが、やはり受け入れられぬか、世實代殿?」
──ほら、あの者の声に耳など貸す必要などない……そなたには『怯』がよく似合う……──
囁きの声が世實代を支配していく。白い手がずぶりと世實代の心の臓を撫で回す。
──ほんに、そなたの小さき心の臓がこくこくと蠢いておる。まこと可愛らしい……怯えて怯えて……それがそなたによく似合う。ずっと怯えて踞っていた方が楽なり──
囁きの声が優しく惑わす。
──堕ちて、一生怯えて過ごせよ……『勇』の徳など持てばそなた苦しむのみじゃ。ほら……──
世實代の心の臓はその白い手が鷲掴みにし、握りつぶしてくる。世實代は『怯』に寄り添おうとしている。
「我は信じぬ、そなたは物の怪……父上を殺し我を惑わし、そして我も殺すのだな!」
「そうですね……世實代殿には手前が灰塊殿を殺めたように映るか……」
清はそれでも揺るがない。いや、揺るがせられない。
──姉さまならどうする? この純粋さがゆえ乗り越えられない者の魂を……しかし、なぜ、私はあの憎き姉さまを呼び起こす。憎しみが日に日に増すのになぜ……なぜ……なぜ──?──
「根音、根子……もし、私に何があっても手出し無用。これは私自身の解なり」
清は二人を牽制した。それは揺るがぬ決意をこの場にいる者たちに示すため。清は世實代に寄り添う。
「寄るな物の怪!」
清は微笑みそれでも世實代に寄り添おうとする。
「寄るなと言っておるだろ!」
世實代はたじろぐ。その瞬間、清は世實代を抱き締める。
「世實代殿……そなたが受け入れぬ覚悟を示すのであれば、手前も覚悟を示そう……どちらの覚悟がどちらを動かすか……試そうぞ」