177話
「なんやあれは? あれは、人じゃなかろう? 物の怪か? やっぱりお前の血筋は呪われとる、不吉じゃ! そんな者がおったらこの町は不幸になる! はよ、出てけ!」
先程までの成り行きを見守っていた民衆が声を荒げ、世實代を責め立てる。憎しみのこもった目に声。
「そうじゃ! こんの疫病神が……やっぱり「首斬りの灰塊」の倅! 物の怪が憑いとる!」
次々に礫が飛び交い、石礫が世實代に襲いかかる。
「なっ、そげなこと……」
しかし、言葉が出ない。世實代の額にひとつ礫が当たる。
「痛っ──」
肩に、腹に……足に次々と礫が当たる。世實代は踞る。
──なんじゃ、こりゃ……なぜ、言葉が出ん。言い返せん? おいらにはほんま、物の怪が憑いとるんか!──
世實代に陰が堕ちる。震えがくる。それは『怯』が取り憑いた証拠だった。
また礫が飛んでくる。折れかかる世實代の心では躱す力もない。
──もう、痛い思いをするのは嫌じゃ! 父上、助けてくれ、そ、そうじゃ、父上と縁を切ったら楽になれるじゃろうか……尊厳ある父上を捨てれば……楽になれるじゃろうか……?──
世實代は目を強く閉じる。その時──影が現れ世實代の前に立ちはだかる。両手を広げ、世實代を庇うかの如く。
ゴツン──
影の額に礫があたる。血が一滴だけ流れる。
「立ちなされ……何を踞っておられる?」
影が世實代に問いかける。突然のことに民衆がおののく。
「なんや、お前……なぜそいつを庇う? もしや、お前も物の怪の仲間か?」
怖れながら民衆は敵意の牙を向ける。影は叫ぶ。その姿に一点の曇りなき。
「手前は物の怪に非ず、そして……人にも非ず、手前は何者かもわかりませぬ。ただ怯える者を放っておくこと願わず。人の心は忘れず。ただそれだけなり……」
世實代は顔を上げた。そこに映るは陽に射され、黒く影をおとしているが凛とした姿が映る。薄い赤毛に刺された花の形をあしらった髪飾りがゆれる。
「誰ぞ……お前は? なぜ……助ける?」
「手前は宿清と申します。ただこの事態、見逃せないがゆえ、この場に立ちました。立ち上がるのです……立って己を誇示するのです」
「立ち上がったところで……何も変わらぬではないか!」
清は振り返りきっ、と睨む。
「なぜに手を差し伸べる者の声を聞こうとせず、咎めようとする者の声だけを追おうとする? まこと、そなたはあの尊大なる灰塊殿の息子か? 灰塊殿、そなたの姿に泣いておられますぞ……」
「父上さま……? そなた父上を知っておるのか?」
「だから、ここに参上いたしました……『義』の徳を持たれた尊いお方。そして……そなたはまっこと『勇』を持つご子息……ならば立ち上がれよ」
世實代は滲んだ涙を拭き、歯を食い縛る。全身の痛みを己の心で封じ立ち上がる。
「我は灰塊の息子……偉大なる父上の血を引いた者だぁぁ──」
世實代は立ち上がり、睨む先を民衆に向けた。
「な、なんだと! この、け、穢れが……」
しかし、民衆は言葉を出すのが精一杯。すごすごと蜘蛛の子を散らすように散らばっていった。世實代の左手の紋様は輝き出した。