176話
「父上に会いたいと申すか?」
静は世實代に語りかける。言葉は優しいが佇まいに圧倒された世實代は頷くだけで精一杯だった。
「しかし、そちの様子を伺っておったが、そなたの父上はこの町で忌み嫌われておる様子。さすれば縁を切るに越したことはないのでは?」
──なぜ、町の人間は父上を忌み嫌う? ほんの数年前までは嫌われるどころか、怖れられながらも尊敬されておった。それは領主さまの信頼も厚く、特別な職として扱われておったからだ。そう教えられた──
「父上さまを悪く言うな! 父上さまは立派なお人ぞ」
世實代の精一杯の抗いだった。
「ほう……そなたの父親は威厳ある存在と……?」
「そうだ……ただ、母上さまが言っていた……「世の移ろい、まこと無常と知りなされ」と……ただ刻が変えたのだ! 御世のせいじゃ!」
静は周りを見渡す。
「つまり、そちの言う「御世のせい」とは、まこと、平和な国じゃ、みな豊かに笑っとる。しかし、それはここ二年前くらいと聞いた。それは暴威の領主が討たれたゆえ……それがしに仕えた父親は手のひらを返されただけ……つまり世に見捨てられた存在……ということ……」
「何を……」
怒りに震える世實代。
「父上をさまは腕も確かと聞いておる……尊敬する父上さまをこれ以上、愚弄するな」
「そうでござるか……今、この国にそなたの父は必要ない。よって尊敬にも値いせず……わかるか……この意味が?」
静は冷たくいなす。
「わからん!」
叫ぶ世實代。
「そなたの父上は過去の刑吏……この平和な世に「首斬りの灰塊」は必要なかろう……」
「父上をそのようなあだ名で呼ぶな!」
世實代が常日頃、民衆に疎まれ聞かされた言葉。それは幼き世實代が心を痛める最もたる因だった。
「それ、そうと……なんたる因果か……」
静は白雪のような手で世實代の左腕を掴む。
「何するか?」
氷の棘の如く冷たさが、ぐさりぐさりと世實代の身体に刺さり、冷たさが広がっていく。
「親子二代で……花紋様の痣が浮かび上がるとは……これまことの悲劇なり……いや、徳を積みし親子、世に言う誉高き親子か……」
「誉高き親子……? そなた、父上さまを馬鹿にしたのではないか!」
「直にわかる……もうじき、そちの元にでき損ないが訪れる……その方に父上を話を聞け……そして、そちが何を考え何を思うか……よう考えろ……そちに残された刻は……もう短い……」
「もう……短い……? それは……」
「怯』は、『勇』を失い逃げる心。強さの不在であり、立ち向かえなかった自分への嫌悪も含むなりか……そちはどちらじゃ? 『勇』に転ぶか『怯』に堕ちるか……」
背を向け去る静。しかし、そこにあるものは威圧感ではなく、寂しげな背中だった。