173話
「清さま、ご気分いかがにござりますか?」
「何もござらん……心配なさるな……」
明らかに様子がおかしいと根子は清に声をかけたが、上の空で返された。
「根子……このままでは……」
根音が根子に耳打ちする。
「わかってる……しかし、うちらでは寄り添うことしかできぬ。いかがすれば……」
「仕方なきことなのか……残り四つの徳……集めるに、今のままでは……」
「根音、根子……そなたらは知っておるのではないか? 私が何者なのか……」
清は唐突に二人に尋ねる。それは真実を求める目。
「えっ……そ、それはわかりませぬ」
「お、俺らも知らね」
二人は目を逸らす。清は二人を捕らえ、目線を合わせる。
「本当に知らぬか? 私が何者か……私は今までお前たちの力で護られてこの傷でも生きていると思わされていただけではないのか? 違うか?」
「いえ、我らがいるからでございます。ですから……そのようなことは……清さま……」
「そうだ……清さまの傷は俺らの力で……護っとる」
根音、根子と目を泳がせまいと踏ん張る。
「そうか……すまぬ。あらぬ疑い……まことにすまぬ」
清は立ち上がり、背を向けた。
「私は何者だ……なぜ……誰も教えてくれぬ……この徳を集める行為は本当に姉さまを越えるべく、|花徳護神の天上花仕舞師《はなめぐみまもりがみのてんじょうはなしまいし》に成るためか?」
「そうです……ですから清さま……落ち着かれなされ」
根子は必死に説得する。
カタン──ズゥ……カタン、コトン、スッ……
カタン──ズゥ……カタン、コトン、スッ……
道中下駄が響く。不安定な清の心に憎悪が着火する。
「またか……またか、またか……! その音を聞くたび虫酸が走る」
耳を塞ぎしゃがみこみ目を閉じる清。しかし、閉じれば憎悪の対象、静の顔が浮かぶ。耐えられず目を開けると、花化従が立っている。
「ふっ、まことに芯無き本懐持つ者、惨めでありんすなぁ……花根孖どもの気苦労も甚だ憐れ……」
「何を……花化従……」
唇を噛みしめ怒りで肩を震わす。
「花神威ノ命さまに啖呵を切った分際で、我は何者かだとか吠えて、ほんに静さま、不憫、不憫……」
「黙れ──花化従っ!」
しかし、花化従は笑いをやめない。
「そのような情けなき者に花徳護神の天上花仕舞師の称号は無理でありんす。静さまを仕舞う? ふんっ……口だすほど滑稽過ぎるでありんす……」
怒りに震える清に顔を近づけ、清の頭を撫でる花化従。
「もう、無理はせず、どこぞやの穴蔵にでも身を潜め、惨めにしくしくと泣いておればよいでありんすよ。そして、花仕舞師の称号は捨てるでありんす……」
高笑いをする花化従。清は怒りにまかせ、花化従の手を振り払う。
「馬鹿にするのも大概にせいよ。そして姉さまの名を二度と我の前で口にするな……腸煮えくり返る」
先程までとは違い、精気が目に宿る。しかし、それは憎悪の炎のしるし。
「怖い怖いで、ありんすよ。静さまに何も適わぬ、でき損ない。吠える、吠えるでありんすなぁ……花徳護神の天上花仕舞師、でき損ないがなった暁には、でき損ないに仕えるでありんすよ。でき損ないの主に従うのは、げに屈辱でありんすが……」
花化従はそう言い残すと闇に消えていく。
「おのれ……花化従……。成ってやる、成ってやる! ここまで馬鹿にされるならば、我が何者かかまわぬ。花徳護神の天上花仕舞師、必ずや成り、姉さまを完膚なきまで仕舞うてやるわっ!」
清の中に、灯る憎悪の燃えたぎる炎が、清自身の不安を搔き消していった。
「戻りましたでありんす……」
静は振り向かない。
「どこに行っておった……?」
「いや、どこぞやの阿呆が塞いでおりましたゆえ、ちょいとからかいに……」
花化従の言葉はどこまでも清を蔑んでいるが、目に宿るものは何かを護りたいが如く。
「よけいなことを……しかし……」
静は振り向き無言のまま頭を花化従に下げた。
「おやめくだされ……静さま……静さまの苦しみに寄り添える者はわわちきら花傀儡のみでございます」
花化従の背後には花傀儡たちが膝を折り、頭を下げていた。