170話
黒墨模様の衣に瞳は墨色。黒菊の舞──。花焔によって墨に崩れ去った欲を塗り固めていく舞。育てあげられた未練は欲となり、神座に散っていく。
花誓はそっと舞ながら、神座に誓約書を差し出す。
神座は頷く。と、同時に花誓は誓約書を天に翳す。
「御労でございます。花神威ノ命さまの元へ……安らかに逝かれよ」
すべての花護人たちの舞が終わると、再び花天照が舞う。そして天に指差し光が神座に纏う。
花墨も舞終わると、花化従は花断の面をはずす。そして神座の前に面を置き、静かに語る。
「さあ、お逝きなさい……」
──言の葉も届かぬ彼方に、それでも祈りは届くと信じた。静けさの中に宿る、微かな希望、かしこみ、かしこみ──
清が花結の言葉を告げる。
「此にて締結、花結──」
──神に捧ぐ涙は、誰にも届かぬまま枯れゆく。その哀しみ、天すらも抱けぬ、かしこまず、かしこまず──
静の花尽の言葉を唱える
「此にて花尽──」
すべての舞が終わると神座は手を合わせまま、ゆっくりと消滅する。
「清さま……今です。花文を──」
花誓が叫ぶ。
「届け──花文!」
清が叫ぶと色とりどりの花の流れが神座に届き、清に返り、清の身体にある花匣に取り込まれる。
「神座さまの徳『畏』受け取りました。これにて徳は十、残り四つの心」
神座は完全に消滅する。
「ゆくぞ……花化従……ここにはもう用はない……」
静はその場で背を向けようとする。
「待たれよ……宿静、そしてみなのもの……」
花誓が一人、神座に立ち尽くす。それは花誓の目ではない。冷たい瞳に染まった目、それは神座に宿りし時の目と同じ。
「宿静の本懐……宿清、人非ずでどこまでゆけるか……我、一切この件、改めて関わることせず……ただ見届けるのみ……」
そしてもう一度静に問うた。
「本当に成し遂げるのだな……汝、久遠獄が待ち受けていたとしても……」
「それが本懐成し遂げるということです」
静は笑う……まるで当然と言わんばかりに……。やがて、消えゆく静。
「清とやら、どこまでゆくか……その身体で……」
花神威ノ命が清に問う。
「もちろん、姉さま、宿静を越え、我の手で仕舞うまで……」
「そうか……それでは何も言うまい。但し、その礎に神座の祈りがあること、ゆめゆめ忘れるな……」
清は三つ指をつき、頭を下げる。
「御意──」
清は立ち上がり、取り残された天器ノ匣社をあとにする。
「神座よ……改めて言う。汝、まことの神の器。汝の徳、『畏』我が人知れず言おう。神座よ、畏れ多きその御霊、安らかに眠れ」
それは、花神威ノ命が神座に残した無上の誉れだった。
──第十章 終幕──