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花仕舞師  作者: RISING SUN
第十章──畏(かしこみ)の祈り、神を信じた巫女
167/252

167話

 一人、天器ノ匣社あまうつわのはこやしろに残る神座。

「すべては二人を導くため、何も語らず。しかし、それがし、礎に成りうるか? 清殿に埋め込まれし花匣に収まる徳の声を花文により聞いた。彼らはいかに想うか……」

 自問自答を繰り返す。左手を掲げ眺める。月明かりに照らされた左手は、白い肌と重なり仄かに揺らめく。

「ここにあると言う花紋様の痣は何を語る?」


 ドクンッ──


 胸の奥で微かに響く、異質な痛みが響く。

「これは……?」

 唐突な痛みが全身を駆け巡る。


 ──そうか……これが終焉の刻……ならば来よう、二人の花仕舞師──


 月と花の織り成す灯りに照らされる。


 ──今から行われる舞は神聖にて荘厳。神座よ、汝は我が代行として我が座する神座(しんざ)にて座し二人を待て──


 風のそよぎと共に現れた声に従うまま、内陣(ないじん)、最も神聖な場所に神座(かみくら)は座し、祈りを捧げる。


 踏み入った瞬間、外陣(げじん)には、冷たく湿った空気が支配していた。崩れた床板には苔が生え、壁の木目にはひび割れが走る。長年放置された痕跡は生々しく、古い供物の残り香と、湿った腐葉や古木の荒廃した匂いが交わり、鼻腔をかすかに刺す。しかし、その奥からは、微かに白檀の香が漂い、清らかな線を滑らかに引くように漂う。その香は胸を静かに締めつけ、思わず足を止めさせる力を持っていた。

 破れかけの御簾(みす)は丁寧に掛け直され、ほつれた布も慎ましく縫い留められている。わずかながら新しい供物が置かれ、香炉には細く白い煙が立ち上る。埃が積もる外陣と対照的に、内陣の床板は清められ、足を踏み入れる者の罪をも吸い込むかのような静けさがあった。

 闇に沈む中、月と花の灯りに照らされ、内陣奥、御神体手前に、ひとり座す影──神座。周囲の古さ、朽ちかけた木々の中にあって、その身を中心に結界のような白檀の香が漂い、穏やかで、しかし決して触れられぬ畏れを帯びる。まるでこの場にだけ(いにしえ)により、刻が残されたか如く、圧倒的な静謐(せいひつ)

 外陣は音を呑み込み、荒廃と湿気が支配している。対して内陣は、古の祈りの残響と人知れぬ手入れによって、整えられた神域として気を放つ。触れることは赦されず、語ることも赦されず、ただ御簾を通し、神座を仰ぎ見ることを赦される。荒れ果てた天器ノ匣社、朽ちと香の狭間に、祈りと孤独が結晶のように息づいている。


 清が姿を現す。そして……


 カタン──ズゥ……カタン、コトン、スッ……

 カタン──ズゥ……カタン、コトン、スッ……


 道中下駄の音を響き渡らせる花化従を従え、静が現れた。


「神座さま……刻が参りました。いざ……」


「花霊々の舞いに候、花護人筆頭、花天照此に──」

 清が告げれば、それに応えるように静が告げる。

「仇花霊々の舞いに候、花傀儡筆頭、花化従此に──」

 二人は花火線香を翳す。月と花の灯りに照らされ、厳粛な舞が今、祈りの刻に幕が開かれる。

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