165話
花焔の焔が二人を温かみを照らす。背後にゴウゴウと響き渡る花祓ノ滝の荒れ狂う滝の濁流。
「それがし、十からここに一人、身を置かされております。それがそれがし一族の掟。身一つですべての決まり事をこなし、その心細さ想像し難きかと……さすれば頼るは、畏れ多き奉られる花神威ノ命さまのみ。しからばそこに現るは信仰のみ……頼るは信仰のみ……」
神座は語り出す。それは滝祓ノ滝での清めの行しかり、一人、暗闇で過ごす絶望に似た一族の掟。
「一人残される間際、いくら泣き叫べど、縋れど、それも赦されず神の器に選ばれし者の務めとだけ言われ突き放された。それは呪いの日々。幼きそれがしにとって選ばれる誉れは、呪縛の鎖──」
吐き出される言葉は重く冷たく、静か。
「作用でございますか。さすれば縋りたくなる心の内、げに理解できまする。それゆえ、人として表裏一体の徳。『畏』と『哀』。抱き締めるは自然の摂理。ゆえに神座さまは一人、『畏』を磨かれた。何も壊れてはおりませぬ。壊れたるは呪縛の鎖──」
清は神座の身体を温めたまま、言葉で塗り温める。
「塗り温めし言葉、身に沁みまする。それがし、ただ打ち明けられず、重ねた日々……。これこそ、それがしの望みだった……この呪縛の鎖を断ち切ることが……」
神座は立ち上がり、清の衣を返す。その温まりし肌は、益々白く、それゆえ血脈により、仄まる身体は美しく、瞳は凛と輝き、唇は決意による言葉で深紅に染まる。神座の女体がこれほど美しく輝くかと想う。
巫女装束に身を固め、金の冠をかぶりし姿、それはまるで現人神の如く神々しさ。
「清殿、まこと、礼を言う。それがし、花紋様、授かりし身。ならば『畏』の徳、磨くのみ……それがし、神の器に選ばれし、それがしの運命」
──「神座の心の言葉を聞け……」あれは花神威ノ命さまの導き?──
清は想いを巡らせた。今、神座に感じるは『畏』の徳の輝き。それは神座自身の身からほとばしらせる。心に押しかかる花祓ノ滝の濁流の轟音は先ほどまでの濁った神座の想いを呑み込み、花焔の焔は神座の新たな想いを照らした。
神座は本堂に向かい歩き始める。神座は立ち止まった。滝の怒号なる瀑布の音にまぎれ、花の香りがする風が流れ、声が聞こえた。
──神座……我が器よ。しかしながらまことに想うぞ。畏れ多きその信念。我、花神威ノ命にそう想わせる汝の『畏』の徳──
神座は想う。
──神を信じたこと、まこと御心に偽りなし──
花紋様の痣は赤々と灯るように輝く。それは命の灯火が最期の瞬間、光輝くが如く……。