164話
ブクブクブク──
──身体が震える。収まらない……これは、それがしの『哀』に溺れた罪か……ならばこのまま沈んでいこう、暗く深い、深い、光の届かぬ海底の果てまで……──
目を閉じたまま、意識は暗闇を彷徨う。
──えっ?──
暗闇に沈むと思われた矢先、神座は仄かに光る明かりを見つける。
──これは……──
踠こうとすれど身体は動かず。呼吸は暗闇に奪われたまま。
──だめだ……やはり赦されず、沈むだけ……やはり、それがしの信仰、不義理なり……──
ブクブクブク──
「神座さま……神座さま……」
──誰だ? それがしを呼ぶのは……──
「届け──花文!」
沈む心に色鮮やかな言葉が流れ込んでくる。
──これは……仕舞われた者どもの言葉……これは我が神、花神威ノ命さまの教えに従い、花仕舞師に救われた者たちの声か……なんとみな、それぞれが魂の徳を成就され輝いておるか……それもただ徳を抱いているだけではない、繋がりを感じる……すべてが連鎖しておる……すべからく花開き、道開くかの如く…──
神座はゆっくりと目を開ける。
「しっかり、なされ……神座さま……しっかりと……」
それは神座に意思のままに抗い、心に皹を入れた清だった。己の衣を脱ぎ捨て、神座に羽織らせ、身体を温めている。
「汝も花祓ノ滝に……あれは、慣れずに入れば身を壊すほどの冷たさ……なぜに……?」
「わかりませぬ……手前はこのまま神座さまをほっとけませぬ、手前は花仕舞師……己の立場、十分に心得ております、が、まだ人としての感情は持ち合わせております、例え人非ずとも……」
清の言葉は重く心に響く。
「人非ずもか……汝は花匣を埋めらされし匣。それでも、それがしを救うか? ただ壊れた神の器のそれがしを……」
涙を流す神座。それは己を『畏』に捧げた人としての感情をあらわにする刻だった。
二人を遠くから見下ろす人影。
「花焔よ……あのでき損ないをどう見る?」
「はい……花仕舞師としては優しすぎるかと……」
言葉を返した花焔に、人影は告げる。
「そうだ、あのでき損ないは花仕舞師として、優しすぎるのだ……あのまま仕舞えば、神座さまの徳、『畏』は仕舞えたはず。しかしながらそれができぬのだ……だから……、目の前で両親を殺し、花切の契が必要だった。しかし、それでも、まだその優しさを見せるか……あのでき損ないは……」
人影は面をかぶり天を見上げた。虹色に輝く空と対象的に人影の心は目元から流れる雫と唇を噛み滲む雫で、深く暗闇に覆われていた。