161話
清をちらりと見る神座。その目はまるで幼子。人形を与えられ、如何に操り、捏ねくり回し戯れようかと心の内に楽しむ目。
「ほう、壊れたか? いや、すでに壊れておったようだが……本当は薄々感じておっただろう? 汝、痛みは感じるか? 汝、死への渇望に、心を震わせるほどの快感を得てないか?」
清は頭を垂れ、心に闇が広がる。それは幾度も襲った熱情。いや、熱情と謳うにはあまりにもぬるま湯。地の臓腑より湧きいずる熔け火、黄泉火の如く、万物を焼き尽くさんと蠢く清の内から熔け出す火胎。その熔け出しが肩が震わす。ゆっくり震え、徐々に激しく揺れる。それは尊厳囲う社さえ無理やり震わそうと抗う。
「はははっ──、手前が何者? そのようなもの、この際どうでもよきこと。手前は、宿清。誰がなんと言おうとも、我が憎悪の的、姉さまを越え花仕舞師として仕舞う運命に恋い焦がれた者。そこに人、もののけ、手前に意味なしっ! あるのは手前の感情だけが花仕舞師に宿ればよい」
清の中にある憎悪の塊が弾けた。
「父母を殺め、手前を狂の刃で貫き……」
清は着物を乱し、さらし布を剥ぎ取り、醜く残る生々しき傷跡を見せつける。
「この傷ある限り、この憎悪消えることなし、ゆえに『花切の契』を交わした。ならばその姉さまを仕舞う本懐為すため、神をも仕舞うは手前の道理──その道理を塞ぐならば、根音、根子……舞の準備を……そなたらの主は、この清じゃろうがっ!」
清の目は血走り、憎悪を晒け出す。
「それでも燃えらすか? ならば我の本懐に沈むか……でき損ない……花化従よ、誰が火胎が真に熱きか? そちの産みの親、神座さまか? 我か? そこのでき損ないか?」
「もちろん我が主、静さまでありんす……他の者、眼中になきにありんす」
即座に応える花化従。
憎悪の炎を滾らせる清。それさえも操ろうとする静。そして、その二人の対立を嘲笑うように見つめる神座。
「汝ら姉妹の暴走に我を仕舞うか……しかしながらそれは無理な戯れ言。ただ、げに面白いこと請け合い……」
嘲笑する神座を清が睨む。
「ただ……」
清が口を開く。
「ただ、神座さまに『畏』の徳は感じませぬ。今、ある姿は徳にも値いせぬお方。なぜに花紋様が現れたか甚だ疑問……今まで仕舞う覚悟を持った方々は、すべからく『徳』が顕著に現れた……なぜに?」
対峙する清に神座はふっ、と笑い応える。
「それは、この痣持つ神座の言葉ではないからだ……神座の心の言葉を聞け……我は汝ら二人の終幕、口出しせず見守ろうぞ……余興楽しめた。清とやら、その身で花仕舞師演じてみせよ、静とやら覚悟の本懐、成し遂げてみよ……」
神座はそう言葉を二人に投げ掛けると、今まで語ることさえ、喉元に刃を突きつけられた如く、ひりつく気は影を潜め、そこに漂うのは崇高さでも畏怖でもなく、ただ虚ろな、終わりきった静寂。
そこに在るのは、もはや社と呼ぶにはあまりに哀れな廃屋。人々に忘れ去られ、神の気配など一片もない。ただ湿った空気と、どこからともなく吹き込む風が、かすかに音を立てるのみ。神々しき社、天器ノ匣社はただの古ぼけた社、空匣社に変わり果てた。
そして、そこには神座が横たわり意識を喪っていた。