160話
「汝が花匣の器か?」
最段に構え待つ姿は頭上に金飾り、白衣緋袴の巫女姿。そこに映る姿、神々しさ、まさに人に非ず。
根音と根子は身動きとれず、ただ、ただ震える。目の前の姿は確かに人。しかし、心に宿るは、神の御心。
「花匣の器? 手前は清と申します。花仕舞師の宿清」
清は戸惑った。
「花仕舞師の……?」
目の前の巫女は怪訝な表情を浮かべる。
「なぜに汝、花仕舞師を名乗る? 人非らざる者がなぜ? 人非らざる者が花仕舞師を名乗るなど笑止千万!」
冷たい視線、そして一瞬にして、清の心は凍る。
──私が……人非らざる? 何を私は……言われている?──
「花護人、ここに集え」
花天照、以下すべての花護人が姿を現し、みな膝をつき頭を垂らす。
「神座さま、いや、花神威ノ命さま、花護人ここに……」
「花天照よ……此を説明せよ……」
神座は花天照を睨み付ける。
「花神威ノ命さま……、それは……」
花天照は言葉を濁らせる。
「どうした……花天照? なぜに答えぬ……それと、花誓よ、久方ぶりだな」
頭を伏せる花誓は身体に冷たいものを感じる。
「ご無沙汰しております、花神威ノ命さま……」
「どうだ? 自由の身は? 今では神の器から花匣を持つ者へ仕えるは、げに楽しいか? 花護人として異質のお前には御目付け役があっははず……なぜ、このようなことを赦す?」
「お許しくだされ、花神威ノ命さま……」
花誓はそれ以上の言葉を告げることができない。
呆然とした清を尻目に、神座は花護人に圧を加える。
「まぁ、よい……その清とやら……ようわからぬが花匣に九つの徳をすでに宿しておる。十四の徳で人に返るか? しかし、それは薄羽蜉蝣の如く儚きものだが……?」
「薄羽蜉蝣……の如くですか?」
清は花神威ノ命の言葉を理解し、受け入れることができず戸惑う。
「よもや、知らず十四の徳を花匣に納めておるのか? そして、理解せぬまま、汝は、もしやこれを仕舞いに来たか?」
神座は左の手の甲を掲げた。その甲には、花紋様の痣が浮かび上がる。
「それは……」
呆然としていた清がはっとし、強い意志を示す。
「その痣を持つ者を仕舞いに参りました」
「仕舞いに? 汝がか……この神の器、神座を仕舞うか……面白いことを言う……汝、何者か理解しておるのか? 汝は……」
「お待ちください!」
遠くから声がかかる。白い面をかぶり、漆黒の着物。そして花化従を従えた姿。
「ほう……汝か? 宿静。これは汝の趣向か?」
「はい……さようでございます」
静は頭を垂れることもせず、神座を見つめる。
「二年前と雰囲気が違うな。汝、そう言えば……」
静はふっと笑う。
「何も変わりませぬ……そして、この趣向、我の本懐のためならば神をも道具といたします。それがたとえ神座さまであっても……」
静は毅然とした態度を崩さない。
「我を道具に……面白いことを言う。辿りつく先は地獄でもか……?」
「すべて覚悟の上……覚悟なき者に、刻、逆撫でにしてまでも道は進めませぬ。神をも踏み倒しても我は進みます。痣を持つ神座さまを仕舞ってでも……」
「くくくっ……そうか。しかし、あれはいかがする? 花仕舞師を名乗る不届き者……この場で久遠獄にでも落としても構わぬが……」
笑いを止めることができず、嘲笑う神座。それは静を試すような笑いだった。
「かの者は我が仕舞います……それも本懐の道筋のひとつ。だからこそ花匣を与えたのです……」
──与えた? 花匣とは? それにいつ私に?──
清はすべてが静に操られ、糸のついた傀儡の如き己を心の内に抱いていた。
──私は人に非ず、単なる傀儡のからくり人形──
心に氷が張っていく清だった。