表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花仕舞師  作者: RISING SUN
第十章──畏(かしこみ)の祈り、神を信じた巫女
159/252

159話

 目の前には高く聳える、霊山。しかしながら山頂付近、霞む霧はまるで、曇天覆いかぶさる様。閉ざされた門のように清たちを拒む。そこに天高くまで聳えるが如く、石段が現れる。

「この高みに至る石段、登りつめた先に……仕舞わねばならぬ者がおる……」

 清は一歩、(きざはし)に足をかける。ただ一段登っただけで、()()が変わる。また一段上がると気の(しき)が変わる。また一段、気の(くん)変わり、一段、気の味が変わる。次の一段で気の(ぬく)みが変わる。見上げればそこは終わりなき段が永遠に続く気配。体力、気力をことごとく削る。それでも、清は登り続けた。

「これしき……躊躇うべきに非らず」

 清は何段、足をかけたか覚えることのできぬほど登る。音も色も薫も味も、そして温みも無になる。試されている感覚だけが残る。

 ふいに、清は振り返る。底知れぬ靄の海が広がっている。


 ──このまま堕ちてゆけば……どこぞの世界に繋がるか? 現世? 幽世? それとも……──


 清は自然と足をゆっくりとずらしていく。


 ──堕ちたい……このまま……──


 またしても、突然の死の衝動に駆られる清。そのまま目を閉じ、ゆっくりと身体を傾けてゆく。


 ──あぁ、堕ちる、なんという快楽……──


「清さま……!」

 がっしりと、根音、根子が清を支える。根音がそっと根子に耳打ちする。

「清さま……大丈夫じゃろか? この調子で、あの者に会わせれば、裁きに合うこと間違いなしぞ。そうなれば俺らじゃ、どうすることもできぬ。たとえ花天照(はなあまてらす)でも無理じゃ。なんせ、人にして、人に非らず。神の器、巫女、神座(かみくら)には、誤魔化せんぞい」

「そんなこと……承知じゃ。じゃけど、主、清さまが強く望むなら、これまた、うちらに止めること無理じゃ。行くも地獄、行かずも地獄……」

 頭を抱える根子。

「何を騒いどる? 根音、根子……」

 正気を取り戻した清は、騒ぐ二人に声をかけた。

「なんでもありませぬよ。ただ、腹が減ったと根音が騒ぎよりまして……ほんま、根音はガキでございます」

 根子が取り繕う。

「なにを跳ねっ返り!」

 根音も合わせる。

「ほんに、ここまで来て、また喧嘩かえ? およし! それに、ほれ、二人とも、本堂、姿、現したぞ」


 そこに在るは、天を突き破らんとそびえる(いにしえ)の社、本堂。幾重にも重なる屋根は苔むし、深い翠を宿す。瓦の割れ目からは細い草が顔を覗かせ、時を超えた静寂の中にひそやかな命を息づかせている。木組みは幾百年の雨風に晒され、黒ずみ、ひび割れ、時に朽ち果てた柱が骨のように突き出している。それでもなお崩れず、ただ厳かに人々を見下ろすその姿は、信仰と畏怖が重なり合った記憶の結晶のよう。

 奥に鎮座する扉は、薄墨色に変じた檜の板が幾度も修復され、古びた鉄の金具には無数の祈りを刻んだ爪痕が残る。風が吹けば、屋根の鰹木(かつおぎ)と千木がわずかに鳴り、まるで神の呼吸を思わせる音が境内に満ちる。天井からは垂れ下がる幾筋もの注連縄(しめなわ)が重く揺れ、破れかけた紙垂(しで)が静かに震えるたびに、無言の神威が人の心を押し潰す。

 ここは、誰が呼んだか「忘れられた神域」。古びたがゆえに、なお一層、存在感は峻烈。


 ──この社、本堂こそ、刻を超え、人知れず息づく神の容れ物。これから千年、万年、刻が経とうとも、崩れること想像つかぬ、天器ノ匣社あまうつわのはこやしろ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ