158話
「本気でございますか?」
根子が躊躇いの表情を見せる。
「……あまり、近づきたくない場所でございます……」
いつも元気な根音もたじろぎ、動揺している。
「何をしておる……いかなる相手でも、そこに花紋様現れる人いるならば、向かうが我ら花仕舞師の運命」
清はずかずかと進む。霞がかる霧がかかる。それは誰も寄せつけず、拒むかの様子。しかし、清は恐れることなく進む。
「清さま……しかしながら今、向かう場所は……」
根子が清の袖を引っ張りながら足止めしようとする。
「花仕舞師の総本社。もっと慎重に向かわれた方が……」
「隠れて参るが、恥ではないか。恐れは語りの足を鈍らせる。それが最も恐ろしい……根子よ」
「違う……そんなことじゃなくて……」
根音は声上ずらせながらをあげる。
「ここがすべて、そして……下手を打てば我々、花仕舞師、断罪さえ辞さない処」
しかし、その言葉に呼応するように、目の前に現れる巨大な石鳥居。神さえ見捨てたかの様子。苔むした石鳥居は、今もなお社を守る結界のように聳えていた。かつては無数の参拝者の祈りを背負って立ち続けたその白い石は、幾千の雨に打たれ、夜霧に濡れ、今はひび割れに深い影を落としている。それでも崩れず在る、その姿こそが、神威の残響を物語っていた。
石鳥居をくぐった先、道を塞ぐようにいく筋もの朽ちかけたしめ縄が張られていた。太く編み上げられた麻は、雨と苔に侵され、いくつものひび割れを抱えながらもなお、そこに在った。
紙垂は破れ、風にかすかに揺れるたび、死んだ蛇のようにくぐもった音を立てる。
それは、神と人との境を示す結界であり、侵すべからずと告げる無言の威圧。
根音と根子は、その場に釘付けになった。
「清さま……これを越えるというのですか……!」
声がかすれ、袖を握る手には冷たい汗が滲む。
しかし清は、一度も振り返らずにすすむ。
「この先行かねば……今まで仕舞った者どもへ顔向けもできぬ」
そして、その一歩は迷いなく。朽ち果てた注連縄の結界を、まるで雲を払うかのようにくぐり抜ける。その瞬間、周囲の霧がわずかに脈動し、ひび割れた石鳥居の影が深く沈んだ。
根音と根子は思わず息を呑む──それは、人が神域を侵すというより、「神に己を差し出す」行為に見えた。
──ここは花護人として我らが生まれた場所……天器ノ匣社。そして、我らが絶対的主である神、花神威ノ命が奉られる神聖厳かな処。それでも今、主が進むのならば……──
「清さま……」
声は遠く、霧に吸い込まれる。根音、根子の二人は清を追いかけたが、神威の宿る蔦に絡まれたかの如く、重い足をひきずった。