153話
舞台袖で演劇を見る清。まるで高杜で見た光景さながら。演じる役者の魂籠る舞台劇。特に緋月夜桜演じる秋姫は圧巻。
「ほんに秋架殿を見ているよう……」
しかし、清には一抹の不安がよぎっていた。演じる緋月夜桜の左手の甲に現る花紋様の色が枯れかけている。
──まさか……この劇中に……──
それは、漆黒の着物を纏う女も肌で感じていた。
「ここで痣が……」
隣に座る花化従に耳打ちをする。
「花化従よ……芝居、中断の恐れがある……直、花紋様枯れる。ならばいかなる場でも舞をせねばならぬ。舞の施しだけは怠るな……」
一瞬、驚きの表情を見せるが主の言葉は絶対と意に決する。
「かしこまりでありんす……」
舞台はしずしずと進む。第二段、第三段と見物衆、緋月夜桜の演劇に魅せられる。
……しかし、緋月夜桜は身体の異変を感じる。
──なんだか、身体が動かない。それに……左手の甲が熱い。これが花紋様の痣の兆し……息が苦しい。白粉のおかげて、顔色はばれないが、しかし……意識が……遠のく……でも、この舞台だけは譲れない。譲ってたまるかぁ──! ──
緋月夜桜の表情は秋姫そのもの、しかし、心は迫り来る死の恐怖に鬼の形相で抗う。
第四段で緋月夜桜演じる秋姫が禍矢により胸を貫かれる段取り。見物衆、まるで緋月夜桜の胸が矢を貫かれたと思うほど。見物衆のおなごたちは悲鳴さえあげた。倒れ込む緋月夜桜。しかし、それは演劇ではなく……花紋様が終わりを告げる刻だった。
「まだ……第五段……信物語の終幕が残っている……」
緋月夜桜は舞台床に爪を立てた。
黒子が、三色縦模様の定式幕を閉め、第四段が終わる。裏方、終幕に合わせ舞台を整えるが緋月夜桜は動かない。
「いかがした……? 緋美……」
緋月夜桜の異変に気づき、紅花は花仕舞師の仮面をかなぐり捨て、母の顔になり緋月夜桜に駆け寄る。
「母上さま……身体がおかしい……左手の甲が熱い。息が伴なわない。気が遠くなりまする……」
「左手の甲……まさか、花紋様の痣が──?」
紅花は辺りを見渡し叫ぼうとする。
「演劇を──」
しかし、緋月夜桜は紅花の口を押さえる。
「母上さま……なりませぬ。今は母上さまは花仕舞師、そして私は秋姫……この舞台を止めてはなりませぬ。母上さまの私に対する想い、ひしひしと伝わります。しかしながら、母上さま……先日の清殿の覚悟を見られたか? 花仕舞師とは如何なる時も本文をまっとうされようとした……ならば母上さま……母上さまが花仕舞師であるならばこの舞台ではまっとうされよ。私はまっとうします、秋姫として……耐え忍ばれよ……私も終幕まで堪え忍びまする」
緋美の覚悟の言葉に言葉を喪う紅花……。
「ここまでの覚悟……しかし……」
狼狽える紅花に微笑む緋月夜桜。
「しっかりされよ……母上さま……」