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花仕舞師  作者: RISING SUN
第九章──忍(しのび)の想い、秘めし愛の守り手
152/252

152話

 ざわつく場内、待ちきれず、『緋月夜桜(ひつきよざくら)』名を呼ぶ見物衆。負けじと御贔屓筋(ごひいきすじ)の『紅花』押し声。場内、それはまこと不思議な異世界。松明、瞬時に消え、場内しばらく暗転す。花道徐々に松明灯り、下座音楽(げざおんがく)鳴り響く。三味線、太鼓、横笛と場内煽りし奏で、見物衆、高揚高まるなか、演者姿現す。各々見知った演者に拍手喝采。そして現る花形、紅花登場するは一際、響く拍手の波。割れんばかりの歓声、地鳴りの如し。毅然と歩く姿、看板花形偽りなし。しかしながら、本演目、まことの真打ちに非ず。

 紅花舞台上がり、一段落つくと場内灯一斉に消ゆ。まこと花道、暗闇なり。静まる場内。


 しん……しん……


 まるで幻が如し足音。見物衆の息呑む音さえ赦されず。ただその足音に見物衆、酔いしれる。その足音追うが如くゆっくりと松明灯ると、そこに姿、現れるは……初御目見得、緋月夜桜。

「あれが十の立ち振舞いか……まこと艶やか……」

「今宵、夢にまで会いとうなる姿……」

 懐疑的に集まった見物衆さえ、心射貫かれる。

 静まり返った場内、再度、下座音楽、流る。見物衆、本日一番の拍手乱れ咲く。先ほどまで、初舞台に恐れ、おののいていた姿一切なく、まるで舞台慣れした役者の如く、凛とした表情。


 しん……しん……


 歩く姿だけで絵になる役者、市三朗が唱えた「見物料、一目見ただけで価値に値する」、まこと見物衆、否応無き一瞬の虜。


 演者一斉に舞台に上がるが、すべからく視線集めるは緋月夜桜のみ。まるでその場に灯る灯りは緋月夜桜のためにある。演者、頭を垂れると黒子が、黒、萌黄、そして柿色の三色縦模様の定式幕(じょうしきまく)を閉めた。

 しばらくの舞台沈黙。始まりを待つ見物衆。今か今かと時が過ぎぬのを焦れったく思う見物衆。そして……


 場内、静かに灯りが落ち、太夫(たゆう)の声が場内満たす。演劇、第一段が慎ましく厳かに幕が開ける。見物衆ざわつき、ぴたりと収まる。


 ──語りに候。


 ──これは、遥か昔のこと。

 人の営み、小さきものどもが、四方を高き峰に囲まれ、静けさの中に息づく地ありけり。

 その名を桐杜(きりもり)──。さながら神籬(ひもろぎ)、社の奥に佇むが如く、世の争いより遠く、ただ時の流れに身を委ねし村なり。


 されど、時は変わる。

 東ノ国、西ノ国ありて、世を二分する覇道の焔、燃え広がるは必定にして、今まさに、国の威信を賭した戦が、山を越え、谷を越え、この桐杜にも忍び寄らんとせり。


 西の軍は猛り狂い、東を攻めること雷の如く。

 東はすでに力尽き、かの命脈も風前の灯──。


 あらがえぬ風が吹く。西より東へ。その風こそが、時を映す鏡。

 吹かぬなら、歴史もまた違えしやも。されど、吹きし風は止まず、いざ、運命を連れて参る。


 ──これぞ、花仕舞師たちが見つめし時代のはしなり──


 太夫の声と太鼓の音が鳴り響き、見物衆、まるでその場まで飛ばされた気分になった。

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