151話
千種座入り口。貼り出された番付に演目、役名が書き出されている。縦書きに筆文字楷書、背景桜満開浮世絵風。色彩鮮やか朱に藍、黄の三色刷り。
──『|花死奇談、真綴、端女の姫、信物語《はなしきだん、まことのつづり、はしめのひめ、たよりものがたり》』
秋姫、緋月夜桜
花仕舞師、紅花──
晴天により、抜ける空に陽射しが燦々と振りかざす。千種座の前は波寄せるほどの人集り。新たに始まる演目、そして紅花の娘が物語の芯として据えられ、初御目見えとあらば、噂が噂を呼び大挙なる押し寄せ納得せざるを得ない。大入御礼、初日より大入り御免。
「本日は紅花の娘が初舞台、きっと紅花の如く我らの心、魅了するに違いなし」
好意的な見物衆もあれば、
「まだまだ十と聞く。そのような者に物語の芯とは務まるか? せいぜい話題集めか……」
と、否定的な見物衆もいる。ただ訪れる見物衆の話題はよくも悪くも緋美に集まっていた。緋美は芸名、緋月夜桜と名づけられた。これは紅花が想い強く、緋美に預け願い、命名したものだ。
楽屋、緊張した赴きの顔をした緋美。薄く白粉を塗り、紅を張り時を待つ。座元、市三朗が声をかける。
「緋月夜桜よ……げに美しき姿よ。まこと紅花に負けず劣らず。いや、まだ十なればすでに越えたも同然。その姿だけで見物衆、わざわざ初日に来た甲斐がある。見物料、一目見ただけで価値に値する……」
笑いながら楽屋をあとにする。
また、紅花と同じ女方の夏朝里や、秋步も緋月夜桜の美しさに嫉妬する。しかしながら、笑みを浮かべ肩を叩き激励する。
「緊張しなさんな。初舞台、緊張するなとは無理な話。いつでも助け船出す所存ぞ」
それぞれ、楽屋を出ていく。
座元や座員たちの激励を微笑ましく見つめ、紅花はそっと緋月夜桜に寄り添う。
「母上さま……うまくやれるでしょうか? 緋美は……昨日から眠れず、今も心の臓がばくばくと激しく蠢いておりまする」
「何、心配はいらず……緋美、おっと、今は緋月夜桜だったな。これを……」
「これは……?」
絹綾の小袋を渡す紅花。
「これは、我らが里から抜け出すとき、直訴申し上げた時の領主、鷹司弓定さまから温情賜りしときに頂いた鷹司家の御守り。鷹司家、それにきっと秋架さまも見守ってくれているはずだ……」
「秋架さま……」
緋美は懐に絹綾の御守りを入れ、祈る。
「どうぞ、この緋月夜桜にお力を、そして秋姫として見物衆に夢与ゆる役者として見守り頂きたく願いまつる」
「ゆくぞ……緋月夜桜よ……心行くままに……演じようぞ」
緋月夜桜は立ち上がり、舞台花道に向かう。その姿のみで十とは思えず、裏方みな、息を呑んだ。
そしてその陰に清が舞台袖で身を置き、舞台を見つめていた。そして、また……漆黒の着物を纏いし姿はすべてを見物席から見渡していた。