150話
──また、私は花仕舞師であることの本文を強く思わないといけない──
清は二人に歩み寄る。それは重く、重く静かであり、だからこそ花死の使いとして恐れられ、奇談として畏れられていたのだ。
「紅花殿、お見事でございます……父として、母としての決意を成し遂げられたこと、感服いたしました」
「清殿……」
清の柔らかい表情はそこにはなかった。
「いつぞやの……団子屋の前でお会いした……」
緋美が濡れた目元を拭きながら、思い出す。
清の背後には根音と根子が控える。二人は清の表情に合わせるようにまるで面をつけたように無表情だった。
「どうされた、そのような恐ろしげな表情をされて……」
紅花の背に冷たい汗が流れたのを感じた。緋美は、まるで幽世から恐ろしげな者が顔を覗かせているのではないかと感じていた。
「告げるべきこと……今かと思います。花紋様の痣の件……」
清は粛々と述べる。
「花紋様! まさか……その事実を緋美に……? それは……」
紅花は慌てふためる。
「はい……花紋様の痣持つ者に告げることも我らが花仕舞師の役目……」
「しかし、それは……まだ、緋美には……」
紅花は必死に清を止めようとする。
「花紋様の痣、色づき、もはや緋色。いつ、枯れ始めるか予断許さぬ事態。ならば今かと……紅花殿……」
「それは、わかっておるが……」
清はふっと笑う。
「怖きことでございますか? 心より震えが身体をつき抜けられますか? しかし、それは偽りの面つけし、親の顔。先日、緋美殿を救うため重い口を開かれた……それを覆されるか! 何が父母ぞ。片腹痛い……」
あまりも冷酷な言葉を繋げる清。
「お待ちください。清さま……父母を愚弄されること私が赦しませぬ。母上さま……緋美は大丈夫です。いかなる告げも受け入れる所存。さあ、清殿……花紋様の痣とはなんぞ? それが如何なるものか告げられよ」
緋美は立ち上がり、清を睨んだ。そこにあるのは怒りではない、覚悟であった。
「あいわかりました……花紋様、それは左手の甲に現れます。それは死を告げる印。そしてそれは……緋美殿、あなた様の左手甲に浮かびあがっております」
「なんと……」
左手の甲を慌てて見る緋美。しかし、そこには何もない。
「な、何もないではござらぬか……清殿」
「はい、それは花仕舞師にのみ、見ることのできる痣。今、緋美殿の花紋様、緋色に色づき色鮮やか……刻は間近かと思われます。そして、徳を成就し、舞を持って安らかな旅立ちに花を添えるが、手前ども花仕舞師の役目。これを伝えに参りました」
言葉をなくす緋美。
「緋美はもうじき死すと……申されるか?」
「はい、それは如何なるときも、逃れられぬ運命」
緋美は目を閉じ息を吸う。
「恐ろしき話でございます……」
緋美は紅花に顔を向ける。
「母上さま……稽古をお願い申し上げます……私は芸を極めたくございます。たとえそれが短命としても……それが芸者でございます」
紅花は緋美の黙って頷き、心を役者にする。そして清に振り向き告げた。
「清殿、まことに有り難き。花仕舞師の立ち振舞い……いかなるものか理解しました。死我仕舞師を演じてから感じていた足りなきもの……今、それはまことは花仕舞師としての心意気、補いし候──」
緋美と紅花は対峙し、稽古が始まる。先ほどまでと違い、緋美の演技、心内まで秋姫と重なりはじめる。それは秋架の心。
「げに見事。気品高く、それでいて優しさ滲み出す姿──その姿、まるで秋姫、秋架殿の心」