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花仕舞師  作者: RISING SUN
第九章──忍(しのび)の想い、秘めし愛の守り手
149/252

149話

「これは……なぜに私の名が……それにここになぜ父上の名を……それに夜月とは……?」

 実の名を台帳に記され、緋美は戸惑う。


そして、そこに物語ぶつがたり大意(たいい)と書された内容は、まさに琥太郎と夜月が忍として最期の砕けた密命、夜月死別までの経緯が記されていた。

「いと容易きじゃろ。単なる演劇。緋美が演じるは夜月じゃ……我は琥太郎を演じる」


 そう言うと紅花は役目、琥太郎になりきり、緋美も戸惑いながら夜月(よづき)になる。

 二人の間に上弦の月が昇る。淡い月に照らされた二人。あの時の情景が二人に浮かびあがる。そこには二人の血の匂い、夜風の温もりすべてが感じられる。

 そして、最期の段取り。身体に何本もの矢が突き刺さり、夜月の命風前の灯。芝居は続く。


 ──さあ、緋美よ……お前は夜月に何を感じる? 忍の掟に背き、裏切り、お前を心底愛した夜月に……──


 夜月になりきる緋美だが心が乱れる。


 ──夜月という役柄。そしてこの役柄の娘の名は緋美……これは、私は何を演じている。何を感じねばならぬ。これは……純粋な娘への愛か……私は誰をどう演じれば……なぜ、父上が描く戯れ芝居に心乱される……──


「あはは……やはりだめですね……私は、忍も母親も失格ですね……」


「おかしいな……心の臓を突き刺したはずなのに……わずかにずれたようですな……なおさら忍、失格……」

 

「琥太郎殿、私は忍として小ころから鍛練し、育てられてきた。これが私の道筋と覚悟して参った……し、しかしながら緋美が生まれ、母としての愛を知った。緋美と穏やかに暮らしたいという淡い想いが産声をあげた。ただ、私は忍。掟として死ぬまでそれを許されない……そんな時、あの笹虎の遣いが影ながら私に近寄ってきた……「間者となれば我が領土で庇い自由にさせてやる」と……」


「私は母として……緋美とやすらかな道を選ぶ決意をし、モノノ怪にすべてを奪われた。それが……里を裏切り、私ども母子に心底愛情を注ぐ琥太郎殿を裏切ることと知りつつも……」


「赦してたもれ……私は『(つみ)』を背負うがかまわぬ……しかしながら娘、緋美だけは……何卒、何卒情けを……情けをかけてくれぬか……」

 

「恩にきりまする……琥太郎殿……そしてどうか裏切り者の母とだけは……このことだけは誰にも口を開かずにお願いした……い……」


 夜月の台詞を口に出せば出すほど緋美の自信は打ち砕かれていく。母の想いが心に広がりはじめる。目には涙をしたためながら。ただ役者であろうとする緋美の意地が言葉を絞りだす。しかし、絞り出せば出すほど夜月の愛が緋美の心を侵食する。


 ヒューヒュー……ヒューヒュー……


 台帳にある指示に従い呼吸音を出す。喉元に冷たい刃があてがわれている錯覚に陥る。緋美は役者として恥ずべき行為で薄目を開け琥太郎の表情をみた。そこには絶望に打ちひしがれながらも、夜月の切なる願いを叶え、夜月の苦しみを解放しようとする表情の顔があった。


 ──ああ、父上さまのご覚悟……その表情から読み取れる。そして夜月の台詞。語れば語るほど愛が伝わる。私は……すべからく母上さまに愛され、そして仮初めでありながらも父上さまに護られていた──


「母上さま……私は母上の想いをしっかと受け継いだ、あなたの愛に護られていたこと……今、悟りました……」


 緋美の流す涙で紅花の顔は幻の如く歪み見ることができなかった。

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