146話
「どんな形にせよ……我が夜月の命を殺めた……」
紅花はすべてを洗いざらい清に告白した。それは少しだけ心が軽くなる瞬間だった。
「そののち、なんとか里に戻ることができたのは緋美の存在ゆえ。見隠の里の党首に緋美を譲り受けると胸の内を語った時は渋れてな、仕方なく見隠のある国の領主に直訴申し立てた。まことあの時は緋美のために必死だったのだろう。死すら恐れていなかった。緋美を守るため。そして、運よく見隠の里がある東洲ノ国、時の領主、鷹司弓定さまに温情を受けることができた。話のわかる殿であり、代々鷹司家は慈悲深き家系、見隠が仕える所以でもあった」
「鷹司家ですか……」
清はある人物の名を思い出していた。
「それから里を抜けることを許され、緋美を抱え旅立ち流れ流されこの千種座の前進、旅芝居座千種に拾われ、女方として芸に身を置きここに至っている。その際、座元、市三朗殿にある程度のことは話、素性を認めてもらっていた。それが仁義と思うたからだ。ただ夜月の本心は直隠しにしてきたが……」
紅花は深いため息をついた。
「そして、『花死奇談』演劇終わり次第、次回作『花死奇談、|真綴、端女の姫、信物語《まことのつづり、はしめのひめ、たよりものがたり》』なるものの舞台が始まる。そこで、その端女の姫を緋美が演じる。しかしながら何が良いのかもう……わからない。本来、初舞台、喜ばしいことなのだが……」
「『端女の姫、信物語』ですか?」
清にはすべからず運命を感じ始める。
──端女の姫があの方を指すのならば……緋美殿を救い出すことができるかもしれない──
「紅花殿……『真綴、端女の姫、信物語』という演目でございまするか?」
「そうだ。座元がどこから仕入れてきた台帳かわからぬのだが……急遽決まり申した」
清はそれを聞き根子に問う。
「根子……この『真綴』とは存じ上げておるか?」
「いえ……初耳でございまする。『花死奇談』は我ら花仕舞師を元にした御伽話。しかしながら『真綴』なるものは知りませぬ」
根子もきょとんとした表情を浮かべる。
「根子の知識にそれがないとうことは、それは遠い事柄を示したものではないのですね……それと……紅花殿、つかぬことお聞きしたいことがございます」
「なんぞ……?」
「鷹司弓定さまはご存命で?」
「いや、弓定さまは、逝去され今はご子息が世襲されたと聞いておる」
「それでは今のお殿さまは?」
「確か……文綱さまだったはず……」
「そうですか……」
──『真綴』……それは誰が認めたかはわからぬ。しかしながら、もし私の憶測が正しければ……──
「紅花殿……もし、よろしければその台帳とやらを見せて頂けませぬか? 緋美殿を、そして紅花殿をある加護が賜れるかも知れませぬ。紅花殿が覚悟を持って話して頂いたおかげです」