142話
「何を言っておられる……緋美はまだ十ぞ……これからぞ……」
清は首を振る。
「人の死に年は関係ございませぬ。手前どもが身勝手に決めるものでもございませぬ……それはおわかりでしょう」
紅花は人の理を承知で今度は清に縋る。
「なんとか緋美を救ってはくれまいか。我の命と交換に……」
膝を折り手をつき、恥を忍んで額を地面に擦りつけ懇願する。
「面をおあげください、紅花殿……手前は術師でも現し神でもございませぬ。手前にそのような力はなき者です。手前ができることはその徳を持って希望を持たせ、常世に送るため仕舞うのみ。だからこそ、今ある緋美殿を『罰』の感情から解放するために紅花殿の御力が必要なのです」
「しかし……それはあくまで緋美を黄泉の世界に見送ること……」
紅花は無力な己を呪う。
「契ったのだ……緋美を大切に守り通すと……緋美のまことの母親、夜月殿に、夜月殿がこと切れる間際に……その契りさえ守れないとは……」
涙が止めどなく溢れる。
「紅花殿……」
清は静かに呼吸を止める。そして……優しく、それでいて力強く紅花に語りかける。
「紅花殿の緋美殿への想い、その言葉の節々でわかり申す……ただ……手前ひとりの力ではどうすることもできませぬ……ですから……」
清は呼吸を吸い一気に吐く。
「届け──花文! みなの想いを伝えてたもれ……」
清の花文が紅花の心に雪崩れ込む。それは八つの仕舞われた魂……
──それぞれの徳の持ち主『仁』の報われたお雪、『義』の罪を背負い義を求めた灰塊、『礼』の心眼の導き手の零闇、『智』の心理を追い求めた孤風、『忠』の忠義に生きた悲劇の侍、現路、『信』の揺るぎない信を貫いた、慈悲深き秋架』、『孝』の、後悔を乗り越え、未来に希望を託した孝行息子、幸吉、そして『悌』の執念の匠、伝八』──
それぞれの想いが紅花の心を灯す。それは哀を乗り越えた者どもの確かなる導き。
「これは……」
紅花が問いかける。
「手前が仕舞った者どもです……何かを感じませぬか? 人はそれぞれに生き様をお持ちです……後悔も未練も……ただそこに乗り越えなければならない『負』がございます……その『負』を乗り越え旅立たれた者たちです。ならば緋美殿もその『負』である『罰』を乗り越えさせなければなりませぬ。そして、それが出来るのは……もちろん紅花殿のみです……」
八つの徳に見守られた気分になる紅花はゆっくりと語りはじめた。
「それは……どうしようもなかった。我が緋美の真の母親、夜月に手をかけた。殺めたことには変わりない。しかし……その時の我には抗えぬ忍びの掟があった……今思えばつまらぬ掟だった……」
紅花は静かに語りだした。かすかに吹いた風は散り落ち積もった桜の花弁をゆっくりと吹き散らしていった。