141話
「だからなんだと申させれる? げに真であったとして、我が死のうとどうでもよい。しかしながら緋美があのような形で、演者として進むなら……我は耐えられぬ。忍ぶが如く歩んだ道。大切に育てた愛娘が歪みきった形で役者となり、あの芸ならば拍手喝采の的になろう。が、しかし緋美の心は壊れたままじゃ。からくり人形の如く称賛されながら、心は持たぬ単なる傀儡じゃ……」
紅花は唇を噛み締める。
「ならば、なぜに緋美殿があのようになられた? 仮に我が姉、静が関与したとして心が壊れるまでの何かがあったのではないか? 心当たりがあるのではないのでしょうか?」
息を詰まらせる紅花。
「それは……そちに語ることではない」
躊躇いながらも口を噤む紅花。
「それでよいのですか? 緋美殿の苦しみを誰よりも受け止めている紅花殿がその救いの道筋を絶ってもよいのですか?」
口調は穏やかなれど紅花の心に清の言葉が刺さってくる。今、散る花弁が心を埋めていく。紅花は花弁の濁流に飲み込まれそうになる。足掻けば足掻くほど沈んでいく。
「例え命尽きるとしても誰の手も借りぬ。緋美は我が守り抜く……」
左手の甲を見ながら紅花は決意を述べる。
「そうですか……紅花殿はその罰なる感情を持ったまま黄泉路に旅立ってもよいと言うわけですね」
「そうだ……緋美が元の優しい子に戻るならば……我は罰を持ったまま黄泉路に旅立つ所存。それ以上でも以下でもない。これこそ堪え忍んだ道筋ぞ」
目力を強め清を睨む。踠きながらも緋美という輝く緋色を掴もうとする紅花。
──我の紅よりも鮮やかに最も濃く映る緋色。だからこそ、それは全うに情熱で清らかにあって欲しい──
しかし、清はため息をつく。それは、紅花を地獄に叩き落とす言葉と知りながらそれでも、花仕舞師としての本文を貫くために。
「紅花殿……そなたの覚悟よくわかり申した。そなたは今、己の左手の甲を見られた。しかしながら……そこには花紋様の痣などありませぬぞ……」
「何……? 先ほどまで左手の甲に痣があると、そう申しておったではないか……そなたの言葉はたばかりか……! 我らを愚弄する気か!」
肩口から振るわせ怒りを露にする紅花。
「ちがいます、たばかりなどではございません……左手の甲に花紋様の痣のしるし……浮かび上がるは……緋美殿です……そして、それはいかに紅花殿が足掻こうか逃れない運命。それでも憚れまするか?」
「なっ……!」
言葉と心を失う紅花。清の言葉に紅花は深く……深く、底のない花弁の沼に沈んでいく思いがした。