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花仕舞師  作者: RISING SUN
第九章──忍(しのび)の想い、秘めし愛の守り手
138/252

138話

 次の日より、桜散る木の下で、紅花と緋美の稽古が二人三脚ではじまった。稽古事では役柄含め女としているため、緋美には母と呼ばせた。稽古をつければつけるほど、紅花の胸の内には一抹の不安が膨らんだ。


 ──緋美は容姿、声、振る舞い、どれをとっても役者として大成するものを持っておる。単なる親馬鹿の意見ではない。経験を積めば緋美はきっと我れ以上の器。しかし、今はその経験在らず。いかんともしがたい──


「どうでこざいますか? 母上さま……」

 

「まだまた、動きが固いの、この場面、秋姫(あきひめ)は、在らぬ疑いをかけられ、民に追われ、村を出て行く男、蒼駕(そうか)を待ち伏せし、想いの丈をぶつけ、自らの身分を明かすところ。きっと恋慕も芽生えておったろうに、永久(とわ)の別れを微笑み強く示す場、悲哀、心の内に溜めたまま見送る幕ぞ」

 緋美は頭を垂れた。

「緋美には恋慕がいかなるものかわかりませぬ。それに永久の別れなど知りませぬ」

「ならば、私があの世に行ったと思うて演じてみよ」

「母上さまが黄泉路に旅立ったと思えということですか? それはあまりにも辛すぎまする。母上さまが逝ったと思うことは……」

 緋美の目がかすかに潤んだ。

「その想ひで演ずるのだ……さぁ、今一度稽古だ……」

 紅花は背を向けた。


 ──すまぬ、緋美……すでにお前は夜月(よづき)殿とかの世とこの世の隔て(とこしよ)永の別れを……儂など仮初めの母親に過ぎぬ……──


 桜は散る。紅花の苦悶は募る。愛すれば愛するほど母親としての紅花は意味を成さなくなる。


 ──時間がない……所詮まがい物の愛ならば、散り際に美しい花を見て散りたい。緋美という鮮やかでもっとも紅を輝かせる色ぞに──


 稽古をつけたあと、「ひとりで稽古をするように」と伝え、紅花は打ち合わせがあると座元、市三朗の元へと去った。ひとり残り緋美。何度も何度も紅花を失う怖さと戦い、震えながら芸に励む。

「やはり緋美には無理です。母上を亡くしたことを胸の内に記すのは……」

 膝を折り項垂れる緋美。


 カタン──ズゥ……カタン、コトン、スッ……

 カタン──ズゥ……カタン、コトン、スッ……


「この音色……」

 緋美が振り向くと、絢爛美麗な花魁と漆黒の着物を纏う女。特に漆黒を纏う女は緋美に近づくと耳元で囁く。

「先ほどから稽古を眺めておりました。しからば、お困りのようで……母上を亡くしたことを想いながら芸に打ち込む姿ほんに憐れ……しかしながら……」

 そっと耳打ちをする漆黒の衣を羽織る女。

「主はすでに亡くされてるではないか……母上を。そして今、その母を殺めた者を母上と慕っている。げにまことお笑い(ぐさ)。それは悲劇か喜劇か? 紅花殿はそちの母親殺しぞ……まこと知ればそちの芸、心にも箔がつく。精進されよ」

「な、何を世迷い言を……緋美の母上はそんなこと……」

 緋美はガタガタ震える。それは虚像の母親への親しみが揺れる瞬間だった。

「過ぎし日々、人の血を浴び続けた(ともがら)と緋美殿はご存知か? そちが母上と呼ぶ紅花殿が……忍びの者ということを……」

 漆黒の着物を纏う女は花魁を引き連れ背を向ける。

「そちの魂は『(つみ)』に囚われ芸が円熟味を増す……これ、紅花殿が望む未来なるかな」

「母上が私の母上を殺め、何食わぬ顔で父上を、母上を演じている?」

 心に亀裂が入り、我の心の葛藤に天高く吠え続ける緋美であった。

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