137話
「よう、みなのもの聞いてくれ……次回の演目のことじゃが、次回はこれにしようと思うちょる」
舞台が終わり、見物衆のざわめきの余韻冷めやまぬ中、楽屋は汗や香の匂いが入り交じっている。役者それぞれが幽世から現り世に戻る曖昧な楽屋の中、市三朗は芝居の筋立てや配役を書き記した台帳を掲げた。掲げられた台帳には『|花死奇談、真綴、端女の姫、信物語《はなしきだん、まことのつづり、はしめのひめ、たよりものがたり》』と記されている。
白粉を拭い終わり、梅酢水にて肌を潤いを与える琥太郎は配役を確かめた。
「これは……座元……緋美の名前が入っとるが……」
「琥太郎よ……そろそろ緋美には舞台にあがってもらおうと考えとる。それも端役ではつまらん。緋美も童女にしては時折、妖艶さながらの仕草を魅せるゆえこの役適当と思うての」
「しかし、やはり初舞台は端役からでも……」
琥太郎は困惑する。緋美が舞台に上がるのは嬉しいがこの大役はいささかながらと腕を組んだ。
台帳に記された配役──
死仕舞師改め花仕舞師──紅花
端女の姫 秋姫──緋美
「それに、死仕舞師が花仕舞師とは?」
名称変更が気になる琥太郎。
「興、振るわす内容じゃろ。『花死奇談、真綴』それは怪談噺でも御伽噺でもない。『真綴』として真にあった噺……実は花死奇談は現し世に存在したという趣向よ」
市三朗の表情は雲っていたが、それでも台帳片手に語る姿は高揚したかのように口調滑らか。
「しかし……」
琥太郎は口を挟もうとしたが市三朗遮る。
「これで決まりじゃ、緋美よ……初舞台。案ずるな……よき見本が目の前におろう。緋美、よう紅花に教えを乞えよ」
市三朗の突然の決定に、緋美は不安を隠せない。
「父上さま……」
琥太郎は緋美の頭を撫でた。
「儂も驚いたが、しかし緋美よ。これは千載一遇の役と捉え精進しようぞ。儂がついとる。緋美、これからはおまえが千種座の花形ぞ」
笑う琥太郎も心の内は何かの引っ掛かりを覚えていた。
──座元はどこでこの台帳を……それに綴人、花識とは? 聞いたこともない筆の主じゃが……──
座元の市三朗は帳場に戻る。背中には冷たい汗が流れる。
──彼の台帳、まことに面白い。確かに見物衆の心を掴むじゃろうて、しかし、げに恐ろしき人物なり。紅花の真実を暴きだし、そしてこの台帳を差し出した。「刻がない、この台帳に記された役、端女の姫を緋美に、そして仕舞師を紅花に演じさせよ」とは? まるでこの千種座自体が静と名乗った女の作り上げた舞台。さながら恐ろしき戯作の士のようじゃ──