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花仕舞師  作者: RISING SUN
第九章──忍(しのび)の想い、秘めし愛の守り手
135/252

135話

「本日もよう入っとるな、みな紅花目当てか」

 座元の、叶屋崎市三朗かのやざきいちさぶろうが大入りにほくほく顔。

「げに紅花殿の人気、嫉妬するでござる」

 同じ女方(おやま)夏朝里(なつさり)が手拭い咥えて悔しがる素振りを見せて、みなを笑わせる。

 琥太郎は(べに)をひき、唇を整える。白粉を塗った表情に紅が映え、みな息を飲み、男と忘れる瞬間。

「みなの力ありきゆえ、妾の力のみではございませぬ。げに感謝こそすれ、奢ることなきに候。いざ舞台に精根込め、本日も見物衆を惑わして候。緋美……こちらへ」

 紅花へと変貌した琥太郎は緋美の唇に紅をひく。

「あいいとしの緋美。げにうつくし」

「母上さま……」

 そっと、頭を撫で紅花は立ち上がり、袖を振るう。

「いざ、舞おう、みなの衆」

 白檀の薫り漂う中、紅花は花道へと向かう。

 

「華やかなりな……清さま」

 根子が芝居小屋の舞台を見渡し感嘆のため息を漏らす。

「ほんに、私まで心が締まる思い、そう思いませぬか、根音?」

 隣の根音に語りかけるが根音は上の空。

「おい、ガキ。しっかりしろ!」

 まるで羽化した蝉の脱け殻のような根音に根子が静かな声で睨む。

「うん……」

 返事は心ここにあらず。先ほどの出会いに心奪われた根音。

「ほんにませガキ……」

 呆れた表情の根子。

 その瞬間舞台が一瞬静まり返る。花道に花が咲くと拍手喝采。紅花の姿がまるで花。その割れんばかりの拍手が静寂を打ち破る。

「今宵も花死の腐りし痣、追えば悲劇の幕があがる」

 紅花の一声でざわめきがぴたりとやむ。誰もが息を呑み、舞台と同化する。それは見物衆が舞台の景色になり、息する呼吸音が風となる瞬間。紅花の動きに合わせ、景色ぐゆれ風がそよぐ。演目が最高潮になれば、景色はさらにごうごうに揺れ風は嵐になる。

「──花死の舞に候……」

 花仕舞師役の紅花の決まり文句が決まる。見物衆は待ってましたと言わんばかりに静かに魅入る。哀愁漂うような舞がはじまる。


 ──「緋美よ、よう覚えろ……舞は時の感情で変化する。嬉しさも哀しさも心を現す」──


 父、琥太郎の言葉を舞台袖で思い出す緋美。


 ──あの時とは違う。今は哀しか感じぬ舞──


 逃げ出した仕舞われ役の秋步(あきほ)が、ぐたりと倒れむくりと起き上がる。紅花の死仕舞師は、涙の煌めきと手を差し出す美しさ。それはまるで見物衆が仕舞われるように錯覚す。


 紅花の幕引きの台詞に、酔いしれる。

「──願わくば花死にしとうなかった……」

 中にはその美しさにあてられ、魂を抜かれるが如く気を失うものも現れた。


「ほんに美しゅう……」

「はい、清さま……此は『花死奇談』、げに清さまたち花仕舞師を元にした御伽話ですよ」

「まことか……」

 根子はそう言いながら心でため息をついた。


 ──清さまはあの浅ましき夜の出来事以前の記憶はなしか……──


 根子は落胆の素振りを見せることなく「はい」とだけ、返事をした。

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