133話
「父上さま……」
緋美は不安そうな顔を浮かべた。緋美でさえ、先ほどの女たちの異様さに気づいたようだ。
「大丈夫だ。心配事なしぞ……ところで緋美は今年で幾つの春を迎えた?」
夜桜が提灯に照らされ、薄い桜色を夜空に醸し出す。
「はい、父上さま……十にございます。すでに十を数えました」
緋美は素直に真っ直ぐな瞳で答えた。
「そうか……すでに十まで春を数えたか……そうか……もう十年か……」
琥太郎は夜空を見上げた。月が出ている。
「今宵は上弦の月。緋美よ……あの月の如く清らかく、しかも静かにこれからも育ってくれよ……」
「はい……父上さま。緋美は父上さまのような役者になりとうと存じます。父上のさまのように美しく舞台でみなを魅了する役者に……」
琥太郎はそう答える緋美が愛おしくなり抱き抱えた。
「ほうか……緋美は誰よりも美しい……きっと私より美しい舞台役者として大成しようぞ……」
琥太郎は緋美を抱えたまま、調子を取りつつ、舞を舞う。
「父上さま……恥ずかしいでござる。堪忍してたもれ。誰かに見られたら尚恥ずかし……」
年頃の緋美は顔を紅くする。
「なに……恥ずかしいことなどあるものか……緋美よ、よう覚えろ……舞は時の感情で変化する。嬉しさも哀しさも心を現す。そして今は、喜びの舞じゃ……見てみい……緋美の美しさに夜桜も負けて花弁を散らしよる……夜桜、花吹雪じゃ……」
琥太郎が舞うごとにまるで言霊の如く、桜の花弁が散る。風のざわめきがまるで祭り囃子のよう。風は笛の音色。踏みしめる足音はまるで太鼓の音。風韻なれば、桜は謳う。次第に風はそよぎから吹雪くが如く桜を散らす。漆黒の闇、桜舞う幻想的な夜に琥太郎は再び上弦の月を見上げる。
「緋美よ……上弦の月は光明にして栄ゆるしるし。いずれ満ちたる月の如く、これからも美しく成長してたもれ、緋美よ……そなたはあの忍ぶ如く暗闇でも輝く月そのものじゃ」
あまりの言葉にさらに頬を紅に染め、緋美も夜空を見つめる。
星、満天に輝きを散りばめ、一際輝く上弦の月が彼の者を思い起こさす。今一度、上弦の月に誓いを立てる琥太郎。
──夜月殿よ……緋美は美しゅう、育っとる。まるで夜月殿と瓜二つ。我はしっかと守りまする。里は抜けもうしたが、かつて影に生きた者として……──
上弦の月を灯火に散る桜に舞う琥太郎と緋美。笑い合う二人。それは誰よりも深い愛に結ばれた二人に散る花弁に紛れた黒い花弁がひとつ。それがひらりひらりと舞っていた。