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花仕舞師  作者: RISING SUN
第九章──忍(しのび)の想い、秘めし愛の守り手
130/252

130話

 ひらひらと演目『花死奇談』と書かれた番付(ばんづけ)が揺れ、熱気冷めやらぬ中、名残の風に吹かれ、月影淡き、裏町の長屋。煤けた障子越しに、かすかな笑い声と湯の湯気が立ちのぼる。この町の娯楽のひとつとして威風堂々と佇む芝居小屋、千種座(ちぐさざ)の話題でもちきりだ。そこで行われている、芝居話に花が咲いている。そこに集うは、職人衆と行商女、髪結いの娘に、口達者な下駄屋の婆様など、賑やかに寄り集う面々。

「して、見申したか、千種座の芝居」

 酒を煽りつつ語り出したのは、鍛冶職の茂五郎(しげごろう)

「そりゃあ見たともよ、あの死仕舞師(ししまいし)と来たら……目元に涙の影がさしての、まるで我らが嫁のつつまやしかった頃を思い出すようでのう」

 頷くは、魚売りの武吉(たけきち)。まだ袖口に鱗の粉残せしまま、夢見心地に首を傾げる。

「あんた、女房に怒られるでよ」

 口を挟むは、この店女将の染代(そめよ)

「こりゃ、黙っとってくれ」

 茂五郎のあわてふためく姿にどっと笑い声が広がる。

「いやはや、あれが女方(おやま)の芝居とは……おらあ、てっきり本当のおなごが舞台に立っとると思うたよ、あの立ち振舞いほんにおらよりおなごぞよ」

 隅で団子を頬張る娘が口を挟むや、皆の笑いがさらに広がる。

()にしてもよ、あの死仕舞師役の紅花(くれないばな)とやらの見事な芝居。今宵、花の咲く夜は、人の心も惑うというわ。今宵の夢もきっと、あの死仕舞師と語らう夢ぞえ」

 年寄りの婆様が遠くを見つめてぽつりと呟けば、皆また黙して火鉢の火を見る。炭の赤き灯、ぱちりと跳ねる音──それすら芝居の余韻のように、胸の奥をそっと撫でてゆく。

 

 チッ……


 その話を側で聞いている男が一人舌打ちをし、酒を煽っている。


 ──確かに芝居は上手かった。あれはみな、熱が入るのも頷ける。しかし、詞章(ししょう)がいかん。あれじゃ、死仕舞師は単なる物の怪じゃ、ほんに哀しきかな。実に存在する仕舞師とは似ても似つかん。まこと、残念じゃ。ほんまの舞はそげな子ども騙しじゃない。仕舞われた身だからこそ、さらによけいにじゃ──


 男は、黙って金を払い、そそくさと外に出て夜風に吹かれた。

「儂の目で見て書き記した『花死奇談──真綴(まことのつづり)』であの芝居を見たいのぉ、いやほんにあの荘厳な舞をみんなに見て貰いたい……」

 そう呟くと男は月を見上げた。

「花仕舞師とは、ほんにおるんぞ……姉妹の哀しき物語として……」

 男が手にするは『花死奇談──真綴、綴り人──花識(はなしき)


 その夜、長屋の者は誰も、まことの眠りにはつけなかった。

 夢に見しは、皆ひとしく、花咲く庭先に立つ死仕舞師の面影であったという──

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