129話
──花死奇談
むかしむかし、彼の世と此の世の狭間なる黄泉路のかたへに、「死を招く使者」と呼ばれし、禍々しき者、ありけり。
その者、もののけのたぐひにして、「花断」と名づけらるる面をかぶり、風もなきにふはりと現れ、声なくして人の命の尽きを告げける。
告げおはせば、たちまちにして、袖翻し、舞ひ襲ふ。
その舞、只の所作にあらず。舞ふごとに、幽世の扉ひらけ、もののけ一柱一柱、また一柱と現るるなり。
やがて、天より飛び降り来たるは、大きなる翼持ちて、雲を裂き、星を蹴りて空を馳すもののけなり。
かの使者、懐中より火薬玉を取り出し、空高く掲げしそのとき、翼あるもののけ近づきて、そを口づけす。契りのごとくに。
やがて火薬玉に火の灯るや、地より這ひ出でたるは、躯巌のごとく、かたく強きもののけなり。火を受け取りしその者、風に揺らがず、雷にも動ぜず、唯ひたすらに火を守り続ける。
されど、その火こそは「命」の象なり。
火、尽きるとき、人の命また尽く。それをば、面の下にて、使者は笑ひて言ふなり。
「火の尽きしときぞ、死の訪れん」と。
またある時は、翼あるもののけ、幽世より白き卵を五つ産み落とす。その卵より、まことに怪しきもののけ生まれ出づる。
一に、鏡のごとく光を反す者。
二に、蝶のごとき姿にして艶を纏ふ者。
三に、鎖に繋がれし双子の者ら。
四に、霧のなかにて輪郭あやふき影のごとき者。
五に、社社の奥より逃げ出でし巫女の面持ちなる者。
これら五つのもののけ、夜空に舞ひて、見し者、死の定めより逃れ難し。
されど、もしその舞途絶えしときには、より深き恐れあり。
舞の止まりしとき、目にしたる者、死も許されず、生きることも叶はず、魂はこの世を果てもなく彷徨ひ、やがては「花死」と成り果つる。
花死──それは永遠の地獄にして、生者にして死者、死者にして生者、どちらにも非ざるもの。朽ちぬ屍となり、夜の世を漂ふなり。
「花死こそ、真の哀れなり」と、使者は笑ひて言ふなり。
この者らの姿、見し者には、左の手の甲に、腐りたる痣、浮かびあがるとぞ申す。
それがしるし。見し者の命は、すでに定められし。
さるほどに──
また一夜、笑ひながら近づき来たるは、死を招く使者なり。
その歩みを止むるすべなく、近づかれし者は二つの道を迫らるる。
死を受け入れ、此の世を去るか。あるいは、花死となりて、この世を永劫に彷徨ふか。
道はひとつ。されど選ぶは汝の心なり。
──あな、うたてや。あな、おそろし。
──