128話
静が見届けると舞を壮大に舞い、締める言葉、花尽を告げる。
──失うことを恐れ、手放せぬまま、壊わるる。その執は、友をも呪い、我をも裂き、したしみも滲んだ──
「此にて仇花、花尽──」
静が告げると預けた線香花火がぽたりと落ち、終わりを告げた。
清も最後に舞を披露すると花結を告げる。
──共に笑い、共に背を預けた日々は、言葉にせずとも心にある。それがしたしみ故、絆と呼ぶならば──
清側の線香花火も静かに落ちる。
「此にて花結、締結──。届け──花文!」
清が最後に手を振りかざし、伝八に届ける。見届けた者すべてが色とりどり花に包まれた光流れるようなものが伝八の心に届くのが見えた。そしてそれが清に跳ね返る。
「これで八つ目。伝八殿の徳、お預かりいたします。そして……」
今度は清がそれを見届けたすべての者に届ける。
「これこそ伝八殿が命をとして築いた『仁巡孝院、恩雪庵』、すべからく伝八殿、お雪殿、幸吉殿の切なる願い、皆の者へ……届け──花文!」
各々の心に清は届ける。兵之助に、宗稔に、宗光……そして朱鷺。
心にすべての光が灯るように学舎の完成を知る。
伝八はゆっくりと消滅していく。
「伝八……誠に心より礼を言う。義弟よ……そちの紛れもない『比類なき妙作の至り』ぞ」
兵之助は出来上がった引戸を確かに受け取り、建具枠にゆっくりと嵌め、そっと引戸を滑らす。
スウゥゥ──トン……
滑らかに滑り、縦框が方立にピタリと収まり、隙間一切なし。音さえ遮りそうな一筋の線、それほどまでの美しき一筋の合わせ目、ここに極めり。
「伝八よ……見事、完璧じゃ……」
兵之助は匠を極め、そして幸吉の想いに応えてみせた伝八の言葉なき優しさに一筋の雫を流す。
「お雪殿も仕舞われていたのか……ここまで子どもらの行く末を案じていたか……」
宗稔はお雪を想い、宗光に学舎建物の管理を任せた。
「幸吉殿……見事に完成しましたぞ……見事に『仁巡孝院、恩雪庵』 ──」
朱鷺は幸吉に心で語りかけ、旅路より決めていたことを伝えるため、兵之助の元にいく。
「父上、お願いがございます。今は身籠り、新たに生まれる稚児が大事。されど、無理を承知でお願い奉ります。私をここの学舎の責として就かせて頂きたい」
「何……? 何を申す……朱鷺、お前にそんなこと……」
しかし、朱鷺のその目は譲らぬものがある。
「父上、もう覚悟は決めております。我が心はすでにこの地に、この『仁巡孝院、恩雪庵』におります。この血に骨を埋める覚悟でございます」
朱鷺は三つ指をつき、懇願する。兵之助は言葉を失うが、朱鷺の言葉に迷いがないことに、逆らうことができないほどの威圧を感じた。
「しかし……それは……」
「私が幸吉殿とお雪殿の想いを引き継ぎます」
すべてを見届け、静は清に言葉をかけることもなく、見ることはなかった。
「ゆくぞ……花化従……これで八つ。後、六つ……我の本懐もこれから……もうすぐ清をこの手で仕舞うまで……早うすべての徳を集めろ、刻とは限りあるものぞ……」
静は背を向けその場をゆっくりと去っていく。
見事に立ち上がった『仁巡孝院、恩雪庵』。その姿は後の世まで語り継がれるほどの私塾となる。創始者はお雪となり、初代の塾長は朱鷺が勤めた。
その後、男の子がたくさんの幼子と戯れている。
「そろそろ勉学に励みますよ……みんな……」
朱鷺の声がする。幼子たちは元気に声をあげ、恩雪庵に入っていく。そして我が子にも声をかける。
「ほら……幸雪もいくよ……」
──第八幕 終演──