125話
──仕上げと祓い。
「あと少し……」
広間には筆掛けと棚、住まいには竈と寝間。必要にして、過不足のないつくり。そのすべてに、人が生きる形が息づいている。
仕上げが終わった日、伝八は梁に墨でこう記した。
「言の葉の学舎 心に種をまかん」
そして、学舎は息をはじめる。屋根の下、風がそっと通り抜け、
まだ誰もいない室に、光が斜めに差し込む。外には兵之助をはじめ、宗稔、宗光、そして朱鷺と仕上げ姿をみようと集まっている。
ゴホッ……ゴホッ……ガハッ……
いままでにない咳き込み。口元に手を置く伝八。手のひらを見ると血が混じる。息が難しい。
「ここまでかのぉ……しかし、終わる、すべての想いを注ぎ込んだ学舎が今、ここに……」
ふらつきながら外に出ようとする。
スゥー──ガタガタ……
「やっ、こ、これは……まだ、うまく締まりきれてない……最後の最後に……」
ゴホッ……ガハッ……ガハッ……
「ま、まだ……仕上げが……」を
なんとか引戸を外し、鉋を引戸の上框にかけようとする……が力が入らない。
「なんとか……仕上げを……」
「大丈夫か? 伝八よ……」
後ろから兵之助が支える。
「兄者、そろそろのようだ……しかし、まだこの引戸が……綺麗に、うまく閉まりきらん。もし、例えるならば演舞の最後の決めが締まらねばすべてを台無しにすると同じこと……兄者、申し訳ない。この引戸を支えてくれてはくれまいか……目がかすみ、うまく押さえきれん……ゴホッ……ガハッ……」
「伝八……まだお前の心は仕上げを求めるのだな……なら、儂はお前の目になろう……」
身体は限界を超えているのだろう。鉋を当てるのが精一杯。息がさらに切れそうなほどに途切れかけている。
ザッ……ザッ……ザッ……
足音が二人の元に忍び寄る。
「伝八殿、刻が参りました。花紋様の色彩……枯れはじめました。いざ花仕舞師の宿清。伝八殿の最期、花霊々の舞にて仕舞い候──」
清が陽に射されながら、根音と根子を従え歩いてくる。
「待て、清殿、今から何をしようとするか解らぬが、後少しで終わるようだ……それまで……お情けを……平にお情けを……」
兵之助が懇願する。最後までやり遂げさせたい気持ちが口に出る。
「なりませぬ。手前に伝八殿の生を操ることなどできませぬ。手前は花紋様の色を感じ、尽きるのを感じ、仕舞うのみ。花仕舞師としての本文を果たし、伝八殿の徳を持って魂を天に導くのみ……」
「兄者よい……まだ動ける。清殿は仕舞師とやらの本文を果たそうとするならば儂はこの鉋に本文を命の限りかけるのみ……ただこの引戸をしっかり支えておいてくれ」
伝八は目を閉じる。心を研ぎ澄まし耳にすべてをかける。
「いざ、花霊々の舞──根音、根子舞の準備を此に……」
「「御意──」」
根音と根子がすっと霧のように姿が消えていく。
清が宣言する。清の花仕舞師としての心得と伝八の匠の想いが今、ぶつかる。