124話
──柱が立ち、梁が組まれる。
伐り出された杉の柱が、ひとつひとつ、空へと伸びる。梁が渡され、桁が組まれ、空に『想い』が浮かぶ。声高な号令はない。木と人の呼吸が合わさるとき、建て方は舞のようであり、祈りのようでもあった。伝八は匠見習いの頃を思い出す。
「……師匠。釘も使わず、よう持つもんで……」
「木はな、喧嘩を嫌う。よき形で合わせれば、自ら離れぬのじゃ」
今、師匠の言葉を強く想い頷く。継手、仕口を巧みに操り、木組む。
ゴホッ……ゴホッ……
「持ってくれよ……この身体……」
伝八は腰袋に入れた時留めの花飾りを握り締めていた。
──そして伝八がこの地に来て、約一ヶ月──
空がほんのり霞を帯び、村の離れに立つ新しき学舎の骨組みが朝陽に照らされて、うっすらと朱を帯びていた。
「本日をもって、この棟、天に届きし」
伝八の声が、静かに広場を包む人々の耳に届く。ざわめきもぴたりと止み、皆が息をのむ。檜の香をまとった建物は、まるで生き物のようにそこに佇んでいた。
村人衆が天秤棒に担いだ酒樽をゆっくりと伝八の元へ運ぶ。伝八はその蓋を開け、天に向かって静かに杯を掲げた。
「此の棟木、天地の神々に捧げ、屋根高く、病なきこと、災いなきことを願い奉る」
白米、塩、鯛、そして一枝の榊が、小さき祭壇に捧げられていた。祝詞を唱える老神主の声は、風に乗って遠くまで届くようだった。
やがて、伝八がひときわ大きく息を吸い、手を打った。宗稔はじめ村人衆もそれに続いて「ヨイショー!」と一声、三度。木槌の音が乾いた空に跳ねた。
その後は、餅と銭が空を舞った。見物に来た子どもたちが歓声を上げ、老いも若きも笑顔を浮かべる。根音と根子も笑顔で交じる。兵之助や身体をいたわる様子の朱鷺も笑顔だ。軒の先から白布がたなびき、風が祝福を告げるように吹き抜けていく。
ただ清だけは遠く離れその光景を見ている。それはいつ何時も舞う準備を忘れぬためだった。
──屋根が覆い、壁が生まれる。
板が打たれ、屋根は空の盾となる。伝八は風の向きを読み、軒の角度を調えた。雨が流れ、陽が留まる。それを読み解くは、年輪を重ねた目と手の技。壁は、山土と藁とで荒く塗られる。その肌には粗さと温もりがあり、冬の冷気を受けとめ、夏の熱を逃す術があった。
「これで学舎として形をなす」
しかし、変わらない場所を作った。床の剥がれや壁の痛みは修繕したが、なるべくその色合いを損なわぬように色を合わせた。
「このお雪殿が稚児たちと過ごしたこの居間はこのままにしておこう。この温もりこそ、命を、そして想いを護る器の源」
「しかし、ほんによう気張りまするでありんす。人が成す力はほんに心の臓を締め付ける想い……」
「すべては想い念であろうか? これもまた『執』の一形……」
静と花化従は遠くから立ち上がる学舎を見ていた。