123話
無事に一行は弥三淵村に着く。
「父上、戻りましたぞ」
床に付す、羽戸山宗稔の元に宗光は頭を下げた。
「無事に幸吉殿の意思を引き継ぎ、成し遂げ京より、只今戻りましたぞ。学舎建立に携わって頂ける匠、深井伝八殿、それに新山兵之助殿も一緒に……」
「何? 兵之助殿もか……」
「はい、此度の件、私だけでは成し遂げることできず、兵之助殿に手を借りた次第です。それと……摩訶不思議な女もおりまして……」
「摩訶不思議な?」
「はい、何やら花仕舞師の宿清と申すものですが……」
「花仕舞師?」
「解せませぬが、此度の件、彼の者も一役買っているようでその女なければうまくいかなかったも思われます」
「まぁ、良い。兵之助殿がいらっしゃるのであれば、儂もうかうか寝ておれぬ。着替えをもて……」
それから顔見せを兼ね、話し合いが持たれた。旅路中に伝八は指図書を簡易ながらも起こしていた。
兵之助は目を閉じた。
「此度の件、儂は口を出さん。伝八に建立の件、全てを任せようと思う。この幸吉の文を気に乗せて立ち上げてくれ」
「任せてくれ、兄者。儂が幸吉殿の想い、必ずや具現化しようぞ」
翌日から休む間もなく、伝八を筆頭に、村中の男衆を集め幸吉の本懐、『仁巡孝院、恩雪庵』建立への志が始まった。
一昔、子らに囲まれ『仁』を与えし、村の母がいた。やがて村の母の教えを乞い、弥三淵を旅立った若者は、のちにその場に『孝』を還すように、彼の日を甦らせ、後の世に繋ぐため、ひとつの願いが生まれ、『魂の器』なるものを生み出す匠に一宇の学舎建立を託された。長く鉋を引き、墨を打ってきた手が、再び縄を張る。
──地はお雪が住まった場所。匠の名は伝八──
伝八はある考えを持っていた。下見に来た際にお雪が住まった庵には語り尽くせぬほどの想いという匂いが漂っている。
「やはりな……なるべくこの間取りは残し、ここから広げよう。ちょうど南向き、これならば日々学びの陽が射し、病もよせつけぬ」
陽の道を読み、風の巡りを感じ、伝八は黙して、地を撫でるように足で確かめた。縄が引かれ、寸法が決まる。その地に最初の『魂』が生まれたとき、それはすでに学舎の鼓動を孕んでいた。
──土をならし、礎を据う。
村人衆の鍬が入るたび、土は応えるように匂い立つ。伝八は石を選び、据えた。それは、ただの石ではなかった。願掛けにて家宝とした石亀の甲羅を思わせるその文様石。伝八は躊躇うことなく一つの願いを込めた。
「建つは一宇、続くは千年。ここに据えしは、命の礎よ」
石は沈黙のまま、陽を浴び、雨を耐え、風に削られてゆく。されど、願いは朽ち果てぬ。伝八は、その石の下にあるものを忍ばせた。
「この地に還そう」
兵之助と朱鷺にそう伝えたもの。土に還し、この地で筆を執った者の、最期の願いが記された文を眠らせた。礎石は、願いを抱きながら沈黙する。それは、『仁巡孝院、|恩雪庵』の魂の座でもあり、幸吉の本懐。