122話
弥三淵までの道のり、二十五里と半──。決して楽な道のりではない。籠の中ではゴホッゴホッと咳がする。身籠った朱鷺の状態もある。気力でなんとかなるものではない。根音と根子が寄り添い朱鷺の体調を見定める。
「兵之助さま……少しだけ休まれましょう。朱鷺さまの気力は十分ですが、いささか無理がたたっています」
根子が口添えをする。しばし、休息する間、根音が川から水を汲み、根子が朱鷺の足を揉みほぐす。朱鷺は「大丈夫」というが根子は「お一人の身体ではありませぬ」と柔らかく一喝する。
「すまぬ……たまに忘れてしまう……急がねばならぬと思うと……」
兵之助は庇うように口にする。
「伝八の体調もあるが、朱鷺のことも大事だ」
親の心遣いを有り難く思う朱鷺。しかし、朱鷺はある覚悟を決めている。
──これを父上は赦してくれるだろうか?──
そんな不安とも心の内、戦いながら朱鷺は身体を休めた。
清も不安と戦っていた。
──学舎建立まで、伝八殿の命が持つかどうか。もし、途中で花紋様が刻を告げるようであれば、そこで舞を行わなければならない。伝八殿のお人柄、最後までやり通せなかった場合、きっと未練を残してしまう……『悌』の心が『執』に変わってしまう。どうしたものか?──
その時、清の髪に刺してある簪の花飾りがさらりとが揺れる。
「これは……零闇殿が死に際に持っていたもの。花天照が言っていた『時留めの花飾り』。根子や根音はお守りだから「肌身離さずに」と言っていた。
畔に草花が質素に咲いている。そこに蝶がひらひらと舞うように飛んできた。声がする。
「清さま……それを伝八殿にお貸し与えください。『時留めの花飾り』それは時を留める力のある簪……」
「その声は花翅?」
「はい、花護人、花枝の参、花翅でございます」
花翅は蝶の姿を借り、清に話しかけた。
「花紋様の痣の力を止めることは叶いませんが、進行を緩やかに押さえる効力はございます。建立の間、しばし伝八殿に持たせれば、いくらかの時間は稼げます。間に合えばよいのですが……」
そう言い残すとひらひらと蝶は舞い何処かに消えていった。
清はそっと簪を引き抜いた。清は伝八の元に歩みよる。
「伝八殿、少々よろしいか?」
伝八は顔を出す。
「これを……お預けいたします」
「これは、主がいつも髪に刺している髪飾りでは?」
伝八は不思議そうに受け取る。
「実はこれは零闇殿が亡くなる際に持たれていたもの。名を『時留めの花飾り』と申します。花紋様の痣の効力、止めることはないなれど進行を遅らせる効力がございます。学舎建立の際にお役にたつのではないかと……腰袋にでも納められ、今は肌身離さずお持ちください。御守りのようなものとお考えくださりませ」
「清殿、有り難くお預かりいたす。儂はなんとしても皆の想いを形に残しまする。この匠の名に懸けて」
「頼もしきお言葉、心より成就すること祈り申し上げます」
伝八は受け取った髪飾りを腰袋に大切に納める。髪飾りが光輝いたように見えた伝八だった。