121話
翌日、兵之助は伝八を迎えに出向く。玄関でなにやら作業をしている伝八。
スウッ──スゥッ──
そして確かめるように……
スウッ……
木肌に鉋を滑らせる音……
──これでこの屋敷ともお別れだ……──
出で立ちはすでに匠の姿。股引に腹掛、腕や脛を守る手甲に脚絆を纏い、頭には鉢巻を巻いている。そして特筆すべきは上棟式の如く、真白の法被に白足袋、帯でキリッと決め「晴れの姿」を披露している。昨日までの弱々しき姿はどこにもない。しかし、左手にある花紋様の痣だけは色濃く映えている。
「何をしとる伝八。今のお前に歩くのは無理じゃて、なるべく負担をかけず籠を用意した。乗れ……」
「今、やり終えたところだ。兄者、すまぬ。籠は助かる。二十五里と半の道のりはやはり身体に堪える」
顔ぶれは兵之助を筆頭に、朱鷺、宗光、清、根音そして根子。朱鷺は兵之助は腹に宿る稚児のこともあり、無理をさせたくなく残れと言ったが、「幸吉殿の想いを確かめたく、その目で、この稚児にも感じさせたい」と腹をさすり、頑として譲らず、兵之助が仕方なく折れた。「私たちがお朱鷺さまのご様子、しかりと心してあたりますゆえ、ご安心くだされ」と兵之助に根音と根子が申しでた。幼子たちの姿が凛々しく見え、いつもは無邪気に朱鷺と戯れていながらも、胸の内は朱鷺の身体に心を砕き、慎み深く側にいたことを察し、二人に朱鷺を任せることにした。根音が朱鷺と手を繋いでる。
「ほんに男というものは……あのガキが……」
根子が白い目で根音のでれた姿を見ていた。
「父上……本文なんとか叶いそうです」
宗光は父、宗稔の命を果たせたことに安堵していた。
「行こうか、弥三淵へ……後の世の世代に想いを残すために、いざ、『仁巡孝院、恩雪庵』建立に……」
兵之助が号令をかけると皆、弥三淵の村に向かうため、歩を進めようとする。清はそっと伝八を見つめていた。
「清さま……」
心配そうに根子が清の袖をぎゅっと握る。
「根子、私たちは花仕舞師……いかなる時もこれからも……」
そう言いながら根子の頭を撫でた。
その視線の先、伝八は屋敷を見つめていた。もう帰ることのない屋敷に目をそっと閉じ、手を合わせた。そしてそっと、引戸を静かに閉めた。
スウッー──
引戸は鴨居も敷居も抑揚なき拍子の如く滑らかに滑り、引戸の縦框部分が方立にピタリと合わさる。
トンッ──
心地よく響く音は舞の極めの如く厳かに閉まった。閉じられた引戸。そこには舞の極めを暗転で示すが如く、向こうの明かりも漏れぬ美しさ──。
「この刹那のために生きる。これで心残りなし──、さぁ、行こう……」
玄関口には鉋で削った、一枚の木の薄皮が一枚、落ちていた。それはまるで『執』の心が剥がれ落ちたように風に揺れ、ちりちりと舞い飛ばされていった。