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花仕舞師  作者: RISING SUN
第八章──悌(したしみ)の絆、隠された友情の証
121/252

121話

 翌日、兵之助は伝八を迎えに出向く。玄関でなにやら作業をしている伝八。


 スウッ──スゥッ──


 そして確かめるように……


 スウッ……


 木肌に(かんな)を滑らせる音……


 ──これでこの屋敷ともお別れだ……──

 

 出で立ちはすでに匠の姿。股引(ももひき)腹掛(はらがけ)、腕や脛を守る手甲(てっこう)脚絆(きゃはん)を纏い、頭には鉢巻を巻いている。そして特筆すべきは上棟式(じょうとうしき)の如く、真白の法被に白足袋、帯でキリッと決め「晴れの姿」を披露している。昨日までの弱々しき姿はどこにもない。しかし、左手にある花紋様の痣だけは色濃く映えている。

「何をしとる伝八。今のお前に歩くのは無理じゃて、なるべく負担をかけず籠を用意した。乗れ……」

「今、やり終えたところだ。兄者、すまぬ。籠は助かる。二十五里と半の道のりはやはり身体に堪える」

 顔ぶれは兵之助を筆頭に、朱鷺、宗光、清、根音そして根子。朱鷺は兵之助は腹に宿る稚児(ややこ)のこともあり、無理をさせたくなく残れと言ったが、「幸吉殿の想いを確かめたく、その目で、この稚児(ややこ)にも感じさせたい」と腹をさすり、(がん)として譲らず、兵之助が仕方なく折れた。「私たちがお朱鷺さまのご様子、しかりと心してあたりますゆえ、ご安心くだされ」と兵之助に根音と根子が申しでた。幼子たちの姿が凛々しく見え、いつもは無邪気に朱鷺と戯れていながらも、胸の内は朱鷺の身体に心を砕き、慎み深く側にいたことを察し、二人に朱鷺を任せることにした。根音が朱鷺と手を繋いでる。

「ほんに男というものは……あのガキが……」

 根子が白い目で根音のでれた姿を見ていた。

「父上……本文なんとか叶いそうです」

 宗光は父、宗稔(むねとし)(めい)を果たせたことに安堵していた。

「行こうか、弥三淵(やみぶち)へ……後の世の世代に想いを残すために、いざ、『仁巡孝院めぐみめぐるいくつしみのかこい恩雪庵(おゆきあん)』建立に……」

 兵之助が号令をかけると皆、弥三淵の村に向かうため、歩を進めようとする。清はそっと伝八を見つめていた。

「清さま……」

 心配そうに根子が清の袖をぎゅっと握る。

「根子、私たちは花仕舞師……いかなる時もこれからも……」

 そう言いながら根子の頭を撫でた。

 その視線の先、伝八は屋敷を見つめていた。もう帰ることのない屋敷に目をそっと閉じ、手を合わせた。そしてそっと、引戸を静かに閉めた。


 スウッー──


 引戸は鴨居(かもい)敷居(しきい)も抑揚なき拍子の如く滑らかに滑り、引戸の縦框(たてがまち)部分が方立(ほうだて)にピタリと合わさる。


 トンッ──


心地よく響く音は舞の(きわ)めの如く厳かに閉まった。閉じられた引戸。そこには舞の極めを暗転で示すが如く、向こうの明かりも漏れぬ美しさ──。

「この刹那のために生きる。これで心残りなし──、さぁ、行こう……」

 玄関口には(かんな)で削った、一枚の木の薄皮が一枚、落ちていた。それはまるで『(とらわれ)』の心が剥がれ落ちたように風に揺れ、ちりちりと舞い飛ばされていった。

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