12話
「相変わらずにて候な……清よ……妾より称号を奪いしその腕、未熟極まりなきに……花仕舞師を名乗るとは片腹痛し……」
罵倒の声が清の頭の中で木霊する。
「姉さま……」
歯軋りに口元はさらに血が滲む。
「そこを退け……清よ。このままにては、あの婆さま……取り返しのつかぬこととなろうぞ」
清の憎悪は増すばかり。
「触れるでない……穢れしものよ……一門の恥晒しが……」
表情は面で覆い尽くされ見えないが、ふっと笑い声がする。
「一門の恥、とな? ようも申したもの……舞ひ一つまともにできぬ、でき損ないの身が……口を利くとは、滑稽よな……」
根音と根子が怯えた表情で白い面の女を見ている。震えが止まらない二人。そんな二人を睨み付ける。
「静さま……どうかお止めくださりませ……」
根子は白い面の女をそう呼んだ。
「清さまは……静さまの御妹御にてあらせられましょう……」
「黙れ! 裏切り者どもが。それに妹、とな……笑止千万!」
静は二人をそう一喝し、立ち上がれず、睨み付ける清の眼差しを戯れ言と軽くいなす。冷たい風が二人の間を流れる。
「花化従よ……あの婆さまを《《半死》》にさせぬためにも、急ぎ舞の支度をせよ……」
「やめられよ、姉上……お雪さまに手を掛けるな!」
肩で息をしながらなんとか食い縛り、お雪の亡骸を護ろうとする。
「相も変わらず、口ばかりのでき損ない……飽きも致した。花化従、気にかけるな。舞の支度を急げ……刻限が迫っておる」
「御意にありんす……」
頭を下げ唐傘、花傘を差し、静と同じように花断の面をつける。それは、すべての感情を絶ち切る面。
「清よ……舞とはかくなるもの……よう見届けるがよいぞ……そなたごときには、生涯届かぬ舞なればな……」
そう、清に伝えると袖から線香花火を取り出す。漆黒に染まる空……そして静が息を吸い凍てつくような声で唱える。
「仁に反するは『偽』。外見だけを取り繕い内面の誠を偽る。恩を与えるふりをして自らを利に変える偽善の象徴」
骸状態である、お雪の花紋様が血の色に染まる。
「いざ、仇花霊々の舞にて候。花傀儡筆頭、花化従、此れに──」
花化従が静に寄り添い一息、息を吹き掛けると線香花火に火が灯った。漆黒の闇をまるで照らすことのない歪んだ光。横たわる清の目に映る景色が歪んで見える。一瞬、過去の舞の記憶が重なった。しかし、それを思い出そうとすると、頭を締めつけるような快感が走る。まるで身体中に火照りを感じ理性が失われていく。
そして、どこからともなく闇から番人が姿を現す。まるで清が呼び寄せた花灯ノ籠ノ番人右手と瓜二つの姿。ただ違うのは線香花火を持つ手が右、添える左手は傘を差すように上にかぶせ、灯火を護る仕草をしている。
「仇花灯ノ籠ノ番人左手、此を──」
静の花火を番人が受け取ると、雨がぽつりぽつりと降りだしてくる。花化従が舞を始める。あの重い道中下駄を履いたまま、それでいて優雅に舞う。それは人非ざる者の所業。いとも軽く下駄を履き鳴らす。
カタン──ズゥーカタン……コトン、スッ……
カタン──ズゥーカタン……コトン、スッ……
何度か鳴らし終わると、花化従の身体から枝が伸び、地面に突き刺さる。そして地面から黒い蕾が一気に天を指して伸び上がる。漆黒の蕾が五つ実を開かせる。
花化従が舞い終えると漆黒の蕾が揺れ動く。そして静が開演を示す花現身を唱える。
──さらば、真実よ。偽りの花が、そっとひとひら、艶やかに咲き誇るのみ──