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花仕舞師  作者: RISING SUN
第八章──悌(したしみ)の絆、隠された友情の証
115/252

115話

「この地は人寂しげなところ。ならば礼尊寺は、さながら諸国の人々が集う商いと信仰の館。参詣の道すがら、茶店に寄り、説教を聴き、舞を見る。まこと、現世の楽土にすべき」

 若き兵之助は息巻いた。『商業により人を豊かにする』その信念の元、新たな依頼を受け未来図を描いていた。

「ならぬ、依頼主の零闇(れいあん)殿は目が見えぬ。兄者、確かにその考えは立派じゃ、寺を中心にこの地を豊かにする。しかしながらそれは零闇殿の考えに意を反するものではないか。大切なことはこの寺は仏を極めし者が人の心を豊かにし、そして仏を癒す場。ならば質素でも零闇殿や仏に寄り添う本堂を建立すべきじゃ」

 若き伝八も譲らない。「屋敷は、人を守る器だ。心がなきゃ、ただの木の箱だ」を信念にしてきた男の言葉は揺るがない。

「伝八よ。お前の言うことはわかる。でもなっ、この地を見ろ。この地は閑静で自然まことに素晴らしい。じゃが、それまでじゃ。この地に暮らす民は貧困に苛まれる。それならば賑わいを根づかせ民に笑顔を与える。そんな新た世に心踊らぬか?」

 京の町で賑わいの一端を担った男はあくまでも商魂こめた。

「違う……自然豊かだからこそ、そこに仏は安らぐ。そしてその安らぎを与えるのが礼尊寺。賑わいなど、この地にいらん」

 お互いの信念がぶつかりあい睨み合う。兄弟の契りを交わした男たちに亀裂が生じ始めた。


 ──「新山升や(あらたやまますや) 正米穀物商せいべいこくもつしょう 以信義為商道しんぎをもってあきないのみちとなす」──


「清殿……うちの看板は見たことあるかい?」

 兵之助はため息をついた。

「はい、檜の一枚板に見事な看板。まさに商いに精進された歴史の重みを感じます」

 清は想いのままに答えた。

「そう、あの時は『以信義為商道』を儂の礎にしておった。じゃから伝八との衝突も譲れんかった……お互い、血気盛ん。若かったのかのぉ……」

 寂しそうな顔をする兵之助。

「そして、伝八と袂を分かつ決定的なことがあった……儂は強硬手段に出た。回りの商人仲間と時の村の村長らと組んで話を進めた。伝八の有無を言わさずにな……」 


「兄者? 何をしておる……まだ、話し合いはついとらんじゃろ? 勝手に話を進めるとは何事じゃ!」

 血相を変えて商人仲間の寄り合いに飛び込んできた伝八。

「伝八、このままでは埒があかん。お互い譲れんなら力の強いもんが事を進めるのが道理。お前は黙って、この地の絵図通りことを運ばせ、お前は礼尊寺の本堂を指図通り建立すればいいんじゃ」

 兵之助は礼尊寺の指図を伝八の目の前に放り投げた。

「なんじゃこりゃ? 見てくれ張りぼてな本堂なんか建てられるか! 絢爛壮美の寺社などやってられるか! 俺は零闇殿の心の真秀(まほ)に従う。屋敷は、人を守る器だ。心がなきゃ、ただの木の箱だ」

「聞き飽きたぞ。伝八……所詮、屋敷は小箱じゃ」

 兵之助は小馬鹿にしたように伝八を見下した。

「兄者の商才は恐れ入るが、心は信じられん」

 伝八は指図を破り捨て空に放り投げ、兵之助に背を向けた。

「兄者との契りはもう、終わりじゃ。儂は兵之助という名の男の顔など二度と見とうない!」 

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