11話
お雪の亡骸は、そこに横たわっている。
「ええっ……何故に……確かに舞い終えたはずにござりまするが……」
動揺の色が隠せず、清は油汗を流す。
「このままでは……お雪さまは……まさか、舞が失敗にござるや……?」
両手で顔を覆い尽くし、花仕舞師としてあってはいけない事態におののき、慌てる。そのとき、袖を引っ張ぱられる感覚。その引っ張られた袖を見ると、根子が顔を青ざめさせ、お雪の亡骸を示している。指先は震えている。
「清さま……あれを……お雪婆さまの御身が……」
見るとカタカタとお雪の身体が震えている。
「未練、なお残りおるか……未だ浄化し切れてはおらぬ……致し方なし、根音、根子よ、今一度、舞の仕度を……」
清は袖に仕込んだ線香花火を、もう一度取り出そうとした。
「いけませぬ、清さま……そのお身体では、いかにも無理が過ぎましょう……」
「われは平気にござる……承知しておろう、そなたらには……われの身ゆえにこそ、再び舞い申せる……」
清が花天照を呼び出そうと身構える。
「なりませぬ、それ以上は……」
根音が清に飛びつき、舞を止める。
「離されよ……根音よ……こら、根子までも……」
根子までもが、清の意思に反して止めにかかる。
「今、仕舞わねば……お雪さまが……はん……」
その刻──
カタン──ズゥーカタン……コトン、スッ……
カタン──ズゥーカタン……コトン、スッ……
あの忌まわしい音が聞こえてきた。重たい道中下駄を外八文字に厳かに響かせる足音。それは、あの忌まわしき人物の従者。煌びやかな振る舞いとは裏腹に、おぞましき舞を踊る者たち。
「何しに参った、花化従め……」
清は焦りの中、憎悪の塊が溢れ出す。
「おやおや……相も変わらず、粗末な舞いでありんすなぁ。そげなもんで花仕舞師とは、どこぞの冗談かと──わちき、思わず笑ろうてしまいんしたわ。お可愛らしゅうて、泣けてきんす……ほんに、哀れなお方……」
その姿は、まるで妖艶な花魁。表情は美しく、しかし冷たい。その表情を見るたびに、遠い過去に閉じ込められた気分になる清。
「な、なにを申す……」
清は睨むだけで精一杯だった。根音と根子は、清にしがみついたまま。
「根音、根子よ……手を離されよ。さもなくば、あの者が現れましょうぞ。われは平気にござる……この身なればこそ……苦しみも痛みも……」
そう言いかけたとき、花化従の後ろから高笑いが、清の耳につんざくように鼓膜を揺らす。
清の表情が一変する。憎悪が全身に漲り、清の眼が憎しみのあまり血走るほど赤く染まる。
「清さま……」
「お抑えくだされ……」
根音と根子がなんとか清を沈めようとする。が、清を止められない。
清が憎しみに力が入り、唇を噛みきった。血が滲み出す。そして目先には花化従が立ち尽くし、その脇に逸れて道を譲る。
その後ろには、長い黒髪の白い面を着けて表情を隠し、漆黒の生地に毒々しい色の花々で模様をあしらう至極夜月光の羽織を纏う女が立っていた。
風が舞い、黒い花びらが舞う中、清と面を着けた女が対峙した。