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花仕舞師  作者: RISING SUN
第八章──悌(したしみ)の絆、隠された友情の証
109/252

109話

 京に戻ると朱鷺は兵之助に旅路の詳細を話した。話を聞き肩を落とす兵之助。

「何故、若き幸吉が旅立たねばならぬ。この親不幸ものが……」

 言葉とは裏腹に拳を握り締め座した腿を拳で打ち付けた。跡目を継がせようとした矢先の出来事。兵之助の辛さを朱鷺は痛いほど感じていた。しかし、朱鷺はそれでも前に進む。幸吉の詞を心で感じているからだ。

「父上……幸吉殿の願いを聞いてくださらぬか。あの耶三淵(やみぶち)の地に子どもたちの学舎を建立することを……」

 一心に朱鷺は頭を下げた。兵之助は腕を組み考え込んだ。

「それと……これを……」

 朱鷺は幸吉が認めた文を畳に置き、すっと兵之助に差し出した。兵之助はゆっくりと拾い上げ封を開く。まともな筆や炭はなく、なんとか書したことがわかった。


 ──お館さま


 この文、お館さまの御目(おんめ)に触れん頃には、(それがし)最早(もはや)、はかなくも現世(うつしよ)を去り、風塵(ふうじん)と相成っておるやもしれませぬ。突然の別離、深き悲しみを御心(みこころ)抱かせ(いだ)かせしこと、どうか、御許し下さいますよう伏してお願い申し上げ奉ります。

 お館さまには、これまで親不孝の数々を重ね、まことに御心(ごしんろう)(つか)れ致し奉りました。若き日の未熟さゆえ、家道の外れ、己が夢ばかりを追いし愚かなる一子(いっし)を、されどお館さまは、ただ静かに、(しか)れど温かき御目にて見守り、御導き下さりし。その御恩、たとえ魂魄(こんぱく)と相成るとも、忘れることはございませぬ。某が『(いくつしみ)』の心、お館さまに捧げしものに()ならず候。

 まことに、某は、比類なき良き妻を得申(えもう)しましたる。朱鷺は、某が心の奥底までをも理解し、いかなる時も傍らに寄り添い、支え続けし、何物にも代え難き光にございます。然して今、その(はら)には、お館さまにとって、まばゆき初孫(ういまご)の命が宿りておりまする。願わくば、この小さき命の息吹を、心待ちにして下されば、幸甚(こうじん)に存じ上げ奉ります。


 お館さま、某が最後の、そして切なる願いにございまする。かの耶三淵(やみぶち)の地に、幼き子らのため、学舎を建立(こんりゅう)したく存じ上げます。かの地は、某がお雪婆より、人生の灯火となる教えを賜り、多くの智慧(ちえ)を育みし、忘れ得ぬ故郷にございまする。某には、最早その夢をこの手にて叶えるは叶いませぬ。されど、願わくば、後に続く子らが、某が如く迷い、彷徨うこと無く、己が道を、光明を信じて歩めんよう、学びの場を与えてやりたき所存。お館さまの大いなる御力を、何卒、この夢に注ぎ下さいますよう、心よりお願い申し上げ奉ります。

 然して、お館さま。某は、この世に一片の悔いも残さず、安らかなる心にて旅立つことが叶い申しました。それも(ひとえ)に、お雪婆の深き「(めぐみ)」の御心に触れ、愛しき朱鷺と、然してお館さまとの、かけがえなき絆を感じることが叶うたゆえに。まことに短い生涯ではございましたれど、某が心は、この上なく満たされておりまする。どうか、某が命を預けし妻と子を、然して、未来への希望たる学舎が夢を、お館さまのその広き御手にて、慈しみ、守り育て下さいますよう。それが、某にとって、何よりの供養、何よりの喜びと相成りまする。

 尚、学舎の名は、『仁巡孝院 めぐみめぐりいくつしみのかこい恩雪庵(おゆきあん)』と致し、創始者は『お雪』と定めにございます。


 お館さま、どうか、永く御健(おんすこ)やかにて。 幸吉──


 兵之助は文を丁寧に納め、静かに目を閉じた。


「朱鷺よ、相分かった」

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