108話
「ではどうすれば……?」
朱鷺は半死の意味がどれほど恐ろしいものか頭を巡らせた。そしてそれは幸吉が半死になり苦しむ姿だった。
「これを……」
静から渡されたのは簪。花の模様がいくつもあしらわれいくつかはゆらゆらと揺れるように細工されている。
「それは『時留の花飾』と言う。舞い終えたあと、しばらくはその者の死を留めることができる。それをこの者に持たせよ。そして今から、我が舞を舞う。そして、そののち、あの出来損ないに舞わせるのじゃ……さすれば、この者は徳を抱え、安らかに旅立てる。それに……」
「それに……」
「きっと、あやつはそちに花文を使うはず。それはあやつにしか使えぬ特異な能力。そちの心に、この者の想いを直に届けてくれる詞の力……そなたが生きている限りそれは心から消えることはない」
「そう言えば、清殿がお雪殿の件で使っていた……それから幸吉殿は穏やかになられた。それは幸吉にお雪殿の想いが直に心に届いたから……」
朱鷺はすべて疑問がほどけてゆく気分だった。
「わかりました……」
静はその言葉を受け、立ち上がり花化従に命を出す。
「花化従……舞支度を……」
「かしこまったでありんす」
花化従は白い花断の面をかぶり、唐笠の花傘を差す。
静が線香花火を取り出すと辺りが一面暗闇に包まれる。
「いざ、仇花霊々の舞にて候。花傀儡筆頭、花化従、此れに」
静の取り出した線香花火に息を吹き掛ける花化従……。
線香花火に火が灯る。朱鷺の目の前では幻想的な執り行いが始まる。突如暗闇から現れた笠をかぶり屈強な体格の仇花灯の籠の番人左手が線香花火を預かると、あの重たい下駄を履いたまま軽やかに舞う花化従。そして身体から枝分かれするような枝が地中に突き刺さると、そこから漆黒の蕾が五つ現れる。
──その手を拒めば、我が影も消ゆ。求めしは愛ゆえに、されど手を取らず──
静が舞の開幕を告げる花現身を告げた。
そこからは次々に現れる舞手に朱鷺は圧倒される。
──愛を拒み、声を閉ざし、名をも疎んだ。されど、その拒絶こそ、心の叫びでありいつくしみという名の幻──
「これにて花尽──」
静により舞の終わりを告げる花尽が宣言された。
朱鷺は知らず涙を流していた。
「さあ、あの出来損ないの妹の元へ……この時留の髪飾がある以上は大丈夫だ。しかし、我のことはあの出来損ないには話すな……話せばやつの舞は乱れる。この者を天に導くことだけ考えよ……」
静と花化従の後ろ姿を見ていた朱鷺。その漆黒の着物と花魁の姿がやけに目に焼き付いた。