107話
──清が幸吉を仕舞う数時間前──
村長の宗稔の元から帰路につく途中、幸吉の様子がおかしくなった。ふらつきはじめた。兵之助に宛てた手紙を受け取った時だった。
「何をおっしゃる! しっかりしてくださいまし……」
そう朱鷺が幸吉に告げた時だった。
カタン──ズゥ……カタン、コトン、スッ……
カタン──ズゥ……カタン、コトン、スッ……
不穏な下駄の音が響いてきた。
「花紋様……それは死を司る痣。誰にも視ることが出来ず、ただ花仕舞師と言われる者たちのみが視ることのできる痣。そして、その痣は今、朽ち果てた色によりその痣を持つものは死を迎える。つまりその方じゃ……」
道中下駄を外八文字の歩みに鳴らす絢爛豪華な衣装を纏った花魁の背後から漆黒の着物を纏った女が声をかけてきた。それは花魁より質素な着物であるが、それでも振る舞いが花魁を凌駕する。
「何者ですか?」
朱鷺は声を荒げる。息を詰まらせるような呼吸を聴きながら幸吉を抱え女に問うた。
「私は宿静と申します。そしてこちらに控えるは我が筆頭従者、花化従」
「宿……あの清殿と同じ性。もしや清殿となんら関係が?」
朱鷺の何かに縋るような声が焦りを伝える。
「あれは宿家の正統な花仕舞師、我の妹。しかし、私に言わせれば未熟な出来損ない故、ここに参上した」
「何を言われているか存じませんが……私の夫がこのままでは……」
助けを乞う朱鷺。しかし静は首を振り、冷静に告げた。
「無駄です。そしてそれは医術などで治せるものでもない、そして花仕舞師とはその方の徳を成就し、安らぎへ導く者たちです」
「そんなことはない……先程まで元気に熱弁を奮っておった夫が、そんな……なんぞやの誑かしですか? まやかしや物の怪の類いか……?」
刻々と顔色を悪くする幸吉をなんとかしようと藁にも縋る想いが静の言葉を否定する。
「刻がござらんが……いかがいたす? このまま死を受け入れるか、それともあの出来損ないの元、舞を舞わせこの者を『半死』にするか? そなたの望み通りにいたすが……」
「半死……?」
静の言葉はひとつひとつが重い。それは朱鷺が操られている気分にさせられる。死を受け入れるか否か? 望みと言いながらもそれは道を絞られていく。
「半死とはつまり、永遠の獄。生きた屍と申せばよいか、本人は実感のないまま生きるのみ。死を感じることもなく死を必然のように受け入れようとする。それを繰り返すいわば死に操られた人形の如く。そなた……愛するものをそのような状態にしたいか?」
「それは……しかし、ただ生きていてくれるならば……もし半死が命を繋ぐなら……」
静は膝を折り、塞ぐ朱鷺の肩に手を置いた。
「それはそなたの欲か? この者が望むことか……」
「しかし、私の腹には稚児の顔が見たいと望んで……、それに今から学舎を建立する夢も……」
必死に言葉を繋げる朱鷺。
「そうか……ではその稚児の顔を見て、学舎の建立を果たし……で、そののちは? 死ねないこの者はそちを見送り、親しき者を見送り、そしてその稚児の死を見送り、永遠に生きねばならぬな。人は永遠はありえぬ。死ねないということは人々から恐れられ物の怪扱いされ、それでも死ねず一人ひっそりと暮らせばならぬ。永遠にな……」
静の目は人としての大切な何かを宿していた。