105話
「すべからく、ここに契約をみなに晒す……」
花誓が宣言すると幸吉の身体がゆっくりと消えていく。花誓が誓約書を天に掲げてすべての終わりを告げる。
すべての舞が終わると今まで火花を散らした線香花火がゆっくりと玉を作り最後の輝きを放つ。それはまるで幸吉の最期を伝えるように……。
清が最後に姿を現す。そして舞の終演を示す、花結を告げる。
──忘れられても、与えしものは消えはしない。育むとは、いつくしむ見返りなき祈りなりは永遠と知れ──
「これにて花結、締結……」
幸吉がゆっくりと、消滅していく。それはこの世に未練が晴れ、希望を残すように。
線香花火から玉が落ちる。そしてその玉ははじけ、灯火が消える。
「届け──花文!」
清が花文を唱え、幸吉に想いを届ける。そして清に跳ね返り胸に幸吉の想いが清に宿る。幸吉の最期の言葉がその想いに綴られている。
「これは……? そうですか……幸吉殿。わかり申した。これは私にしか出来ぬこと……この跳ね返った想いをお朱鷺さまとその宿る稚児に……今一度、届け──花文!」
幸吉のありのままの想いを朱鷺とその宿る命に届ける。そこには愛に包まれた朱鷺の表情、そしてその身籠った腹を優しく抱え、まるで応えるように温もりが朱鷺の身体全身に広がった。
「これが幸吉殿の切なる想いでございます」
全身全霊で舞う清の心に幸吉の『孝』が新たに宿った。
「これで七つの徳。ようやく半分。姉上にまた近づいた……」
清は片膝をつき、拳を握り締めた。
一時の間──
「清殿……誠にありがとうございました。最期に幸吉の声が直に響きました。それは多分、この子にも届いたはずです……」
軽く自らの腹を撫でる朱鷺。疲れの中、清は肩で息をし、微笑む。
「私目にも使命ができました。ひとつは幸吉の想いを我が父、兵之助に伝え、幸吉の『仁巡孝院、恩雪庵』の学舎を建立し、幸吉の悲願を達すること……そしてこの稚児を無事この世に生み出すこと……すべて幸吉がおらぬ今、大変なことではございますが……」
天を見上げ、涙を流す朱鷺。
「お朱鷺さま……落ち着かれればゆるりと京に戻りましょう……幸吉殿の悲願、我らも願っております」
清は振り向く。幼子の姿に戻った根音と根子が優しく頷いた。
幸吉が消滅した後に転がるあるもの……朱鷺はそれを拾い上げ、懐にしまった。
「時留の花飾……まさにあの人の言うとおり……あの漆黒の着物を纏った女と煌びやかな姿の花魁の……」
朱鷺は聞こえぬような声でぼそりと呟いた。
──第七章 終幕──