103話
幸吉は宗稔に伝え終わると手代の女に文を渡した。
「今回のくだんの件を描いとる。宗稔殿の体調がよろしい時に渡してくれ」と一言付け加えた。
庵に戻る帰路、幸吉は朱鷺に願いを申し出た。
「朱鷺よ、これをお館さまに渡して欲しい。強い願いじゃ……この幸吉の一世一代の願いを認めておる……」
「御前さん……何をおっしゃる? 一世一代の願い事とは? 戻られゆるりと父上に話せばよかろう……」
そう声をかけるとなにやら幸吉の顔色が悪い。
「ほんにそうしたいのは山々。じゃが……それは叶わんみたいだ。ほんに不思議よ。先ほどまでなんともなかったが……今はどこかしらの具合が……身体がよう動かん、目眩もする……これが花紋様の予兆を知らせる刻か……」
「何をおっしゃる……御前さん……花紋様とはなんぞ……? しっかりなされよ……」
朱鷺は急に具合を悪くする幸吉を心配し、声をかけた。
「ほんに、何処かで清殿の言葉を真に受けとらんとこがあったが、いざそれを察すると……朱鷺……儂はここまでのようだ」
「ここまで……? な、何をおっしゃる? しっかりしておくんなまし……」
「そうだ……儂はまだ死にとうないんじゃが、そう、うまくはいかんらしい。儂をあの庵へ……清殿の元へ連れて行ってくれ。そして、朱鷺……そこで起こることをしっかり見届けてくれ……」
朱鷺はただならぬ気配に頷くこともできず、ただ幸吉に肩を貸すだけだった。陽は曇る。しかし、雲の切れ目から、そこに陽の神の指先のように光が射していた。
「朱鷺よ、儂の命は尽きても光満ちる世は輝く。儂と朱鷺の間の稚児の顔を見れんのは心惜しいがの……」
「何をおっしゃる! しっかりしてくださいまし……」
隣で必死に声をかける朱鷺の声が遠くに聞こえる。朱鷺に聞こえるは幸吉の苦しい息遣いのみ。
「御前さん……庵につきますぞ。しっかりしてくださいまし……」
幸吉を抱えたまま重い引戸を開ける。
ガタガタッ──
そこには目を伏せたまま決意を胸にした清が座していた。ゆっくりと目を開ける。後ろには根音と根子が控えている。
「お待ちしておりました……幸吉殿。花紋様、枯れ花の如く色づいてございます。お朱鷺殿、申し訳ござらん。刻は満ち申し立た。いざ花仕舞師、宿清……この舞を持って幸吉殿の死を徳を持って仕舞わせて頂きます。いざ花霊々の舞を……根音、根子……舞支度を……」
「「御意──」」
二人の幼き姿から発する言葉は幻想的でありながら、吸い込まれそうな神聖さがあった。朱鷺には抗えぬほどの見えない力が働いていた。