102話
「お身体大丈夫で? 懐かしゅうございます」
「おお、あの頃のやんちゃな稚児のお前がそんなたいそうな気を遣うようになったか……兵之助殿に鍛えられたか……」
「ええ……たいそう良くしてもらいました。そして、こちらがお館さまの一人娘の朱鷺……今では儂の家内でございます」
控えていた朱鷺が三つ指をつき、頭を垂れた。
「そうか……兵之助殿に認められたのだな……して、この老い耄れに何用ぞ……?」
早速、本題に入る宗稔。幸吉の宿る目がそうさせた。
「床に伏せられているところ申し訳ないと思いつつ、願いこうむりたく参上させて頂きました」
「どうした? そんな改まった顔をして」
「宗稔殿……お雪婆の庵の件で……」
「お雪婆? おお、お雪殿か……いったい何処に行ってしまわれたのか?」
「姿を消されたと……?」
幸吉は清の存在を改めて感じとった。
──そうか、この村でお雪婆の死の真相は誰も知らぬのだな。花仕舞師に仕舞われた事実を……──
「そうじゃ、いつも一人だったからのぉ……忽然と消えてしまった。正直、あの歳じゃ、何処かに行ったとは考えにくい。どこかで息絶えてしもうたか……」
宗稔はふっと息を吐いた。
「寂しい余生だったかも知れぬ。お前がおったあの頃は子らに囲まれ過ごしておった。生き生きしておったのぉ……まるでこの村の母じゃったのぉ……」
確かにそうだと幸吉は思った。だからこそ、宗稔に会いに来たのだ。
「確かにお雪婆にはお世話になり申した。今があるのはお雪婆のお陰と言っても過言ではありませぬ。そこで……今は空き家となったあの庵はどうするつもりで? お雪婆は独り身、宗稔殿、ここの預かりか領主さま預かりになっているのではと思いまして」
「確かに今はうち預かりになっておるが……」
その言葉を聞いた瞬間、幸吉は座を正し、深く頭を下げた。
「あの場所に子らの学舎を築かせて頂きたい。お雪婆がいた頃のように子らが元気に学び、遊び生き生きとできるところを……そして光持つ世にその子らが生きるように……」
限られた命の輝きかその宿る力に圧倒される宗稔。
「ほうか……その想い、まるでお雪殿が乗り移ったようじゃな。よかろう……儂はこの身体につき自由がきかん。息子、宗光に取り次ごう」
「ありがたきお言葉、真、慈悲深き言葉感謝いたす」
幸吉はさらに深く頭を畳に擦り付けた。
「その学舎……名を決めておるのか?」
宗稔は幸吉に問うた。幸吉は力強く返す。
「はい……学舎の名は『|仁巡孝院、恩雪庵《めぐみめぐりいくつみのかこい、おゆきあん》』にてこざいます。そして創始者はお雪婆と決めております」